「お伊勢参らば多度もかけよ、多度はお伊勢の御大鳥居」
三重県桑名市に鎮座する多度大社(たどたいしゃ)。古くからそう謡われ、伊勢神宮参拝の折には必ず立ち寄るべき場所とされてきました。しかし、なぜここが「お伊勢さんの鳥居(入り口)」と呼ばれるのでしょうか?
その答えは、神話に記された「親子の絆」にありました。
さらに多度大社といえば、700年の歴史を持つ「上げ馬神事」が有名ですが、2024年、この神事が大きな転換点を迎えたことをご存知でしょうか?ニュースでも話題になった「壁の撤去」。それは伝統の崩壊だったのか、それとも未来への適応だったのか。
今回は、古代の神話的系譜から、現代における祭礼の劇的な変化まで、多度大社の「今」と「昔」を深掘りします。
なぜ「お伊勢の御大鳥居」なのか?神話で解く親子の絆
多度大社が「北伊勢の総氏神」として崇敬される最大の理由、それは祀られている神様にあります。
- 主祭神:天津彦根命(アマツヒコネノミコト)
この神様は、伊勢神宮の祭神である天照大御神(アマテラスオオミカミ)の御子神(息子)にあたります。具体的には、天照大御神と須佐之男命(スサノオノミコト)の誓約(うけい)によって生まれた「五男三女」の三男です。
つまり、伊勢神宮が「母なる宮」であるのに対し、多度大社は「息子の宮」。 これから母神である天照大御神に会いに行く旅人が、まずその直系の息子である多度の神に挨拶をする。これが「多度はお伊勢の御大鳥居」とされる神学的な根拠であり、古くからこのルートが定着していた理由なのです。
片目の神「一目連神社」と製鉄の影

境内の別宮「一目連(いちもくれん)神社」に祀られるのは、天目一箇命(アマノマヒトツノミコト)。 「天の目一つ」という名の通り、片目の神様であり、鍛冶・製鉄の神として知られています。
古代、製鉄を行う鍛冶師は炎の色を見極めるために片目を使う職業病(あるいは職業的特徴)があり、それが神格化されたと言われています。多度山系が古代の金属資源供給地であった可能性や、龍神として雨を降らせる水神の性格も併せ持つ、非常に土着的な力強い神様です。
皇室につながる天津彦根命と、土地の産業・自然につながる天目一箇命。この二柱が並び立つことこそ、多度大社の強さの秘密です。
上げ馬神事 2024年、「壁」が消えた日

多度大社を語る上で避けて通れないのが、毎年5月に行われる「上げ馬神事」です。 若者が馬に乗り、急な坂を駆け上がって豊凶を占うこの祭りは、南北朝時代から約700年続いてきました。
しかし、2023年の神事で馬が骨折・殺処分となった事故を機に、世論や動物愛護の観点から厳しい批判に晒されました。「伝統か、動物福祉か」。神社の決断が注目されました。
2024年の「抜本的改革」
そして迎えた2024年、多度大社は歴史的な決断を下しました。 神事の象徴でもあった「高さ約2メートルの土壁」を完全に撤去し、コースを緩やかな坂に変更したのです。
- 変更点: 垂直に近い壁の撤去、参加頭数の縮小(12頭→6頭)、獣医師による監視強化。
- 結果: 参加した馬は全頭、怪我なく無事に坂を駆け上がりました。
かつてのような「壁に激突しながら乗り越える」という荒々しい迫力はなくなりましたが、観客からは「馬が生き生きとしている」「これなら安心して見られる」と、温かい拍手が送られました。
700年の形を変えてでも、「馬を死なせない」という倫理を選び、神事を未来へ繋いだ多度大社。これは現代における「伝統の再定義」の現場として、歴史ファンの記憶に刻まれるべき出来事と言えるでしょう。
参拝のポイント 生きた神馬「錦山号」と現代の光
難しい話が続きましたが、現在の多度大社はとても開かれた、清々しい場所です。
神の使い「神馬(しんめ)」
多度には「神様は白馬に乗って降臨する」という伝説があります。 境内には「神馬舎」があり、現在も生きた白馬「錦山号(にしきやまごう)」が大切に飼育されています。参拝者はニンジン(一皿100円程度)をあげることができ、これが「神様への供物」となります。愛らしい神馬の姿に、心癒やされること間違いありません。
幻想的な「提灯祭り」
夏(8月11日・12日)に行われる「提灯祭り」は、数千灯の提灯が境内を彩る幻想的なイベント。近年は「夏詣(なつもうで)」の一環として、若者やカップルにも人気のスポットとなっています。勇壮な上げ馬とは対照的な、静謐な光の美しさも多度大社の魅力です。
多度大社へのアクセス・基本情報
伊勢神宮へ向かう前に、あるいは桑名の歴史探訪の一環として、ぜひ「お伊勢の御大鳥居」をくぐってみてください。

- 名称: 多度大社
- 住所: 三重県桑名市多度町多度1681
- アクセス:
- 【電車】養老鉄道「多度駅」から徒歩約20分(タクシー約5分)
- 【車】東名阪自動車道「桑名東IC」または「弥富IC」から約10分
- 駐車場: あり(平常時は無料、祭礼時は有料の場合あり)
- Google Maps: [位置情報をみる]
【歴史好きのためのワンポイント】 参拝の際は、本殿の屋根の形(大社造の名残)と、一目連神社の「扉がない(御簾のみ)」という社殿の特徴をぜひチェックしてみてください。神様が風雨を操るために出入りしやすくしている、という伝承を肌で感じられますよ。


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