奈良盆地の南西部、神話の時代から続く葛城の地に、見る者を圧倒する巨大な前方後円墳が静かに佇んでいます。その名は室宮山古墳(むろみややまこふん)。全長238メートルという、全国でも18位にランクインする壮大なスケールを誇るこの古墳は、単なる墓ではありません 。5世紀初頭、ヤマト王権と肩を並べるほどの権勢を誇った謎多き豪族・葛城氏の栄華と権力を今に伝える、歴史の一大モニュメントなのです。
この記事では、古代史ファンなら誰もが心躍る室宮山古墳の魅力と謎を、被葬者、構造、出土品、そして歴史的背景から徹底的に解き明かしていきます。さらに、実際に訪れるためのアクセス情報や見学のポイントも詳しくご紹介します。
ヤマト王権に匹敵した権力者「葛城氏」とは?
室宮山古墳を語る上で欠かせないのが、その造営主とされる葛城氏の存在です。彼らは5世紀のヤマト王権において絶大な影響力を誇った豪族でした 。葛城氏の始祖とされる葛城襲津彦(かずらきのそつひこ)の娘・磐之媛(いわのひめ)は仁徳天皇の皇后となり、葛城氏は天皇家の外戚として政治の中枢に深く食い込んでいたのです 。
その権力は、大王墓に匹敵する室宮山古墳を築造したことからも明らかです 。これは、葛城氏が中央の王権に挑戦しうるほどの経済力と動員力を持っていたことの証左と言えるでしょう 。彼らはヤマト王権の強力な同盟者であると同時に、潜在的なライバルでもあったのです。
被葬者は誰か?最有力候補「葛城襲津彦」の謎
では、この巨大古墳に眠るのは一体誰なのでしょうか。古くは伝説的な賢臣・武内宿禰(たけのうちのすくね)の名も挙げられましたが、現在では考古学的証拠と文献史料から、葛城氏の始祖・葛城襲津彦が最も有力な被葬者とされています 。

その根拠は複数あります。
- 築造年代: 古墳が造られた5世紀初頭という時期が、襲津彦が活躍したとされる時代と一致します 。
- 場所: 古墳が位置する御所市は、まさしく葛城氏の本拠地でした 。
- 規模: 一族の礎を築いた襲津彦ほどの人物であれば、この国家クラスの古墳に葬られるにふさわしいと言えます。
- 決定的物証: 未発掘の北石室周辺から、朝鮮半島・伽耶(かや)地方で作られた船形の陶質土器が発見されています 。『日本書紀』には襲津彦が何度も朝鮮半島へ派遣されたと記されており、この船形土器は、彼の外交・軍事活動を裏付ける強力な物証なのです 。
文献の記述と考古学的な発見が奇跡的に結びつく、これこそが室宮山古墳が持つ最大のロマンと言えるでしょう。

古墳の見どころ:石棺を直接覗ける、日本唯一の場所!
室宮山古墳の最大の魅力は、なんといっても竪穴式石室に納められた長持形石棺(ながもちがたせっかん)を直接見学できること 。天皇陵など多くの巨大古墳が宮内庁の管理下にあり立ち入りが厳しく制限される中、墳丘に登り、古代の王が眠る石棺を間近に感じられるのは、日本ではここだけです 。
後円部の頂上には、南北に2つの埋葬施設があります。現在見学できるのは、1950年に盗掘被害にあったことをきっかけに調査された南石室です 。
- 竪穴式石室: 結晶片岩を丁寧に積み上げた壁と、6枚の巨大な天井石で構成されています 。
- 長持形石棺: 兵庫県から運ばれた「竜山石」で作られた巨大な石の棺 。蓋には美しい格子模様が施され、内部は高貴な身分を示す朱で塗られていました 。
石室の開口部から中を覗き込むと、ひんやりとした空気と共に、1500年の時を超えた石棺の一部が姿を現します。懐中電灯を持参すれば、盗掘口から石棺内部の朱色を垣間見ることもできるかもしれません 。

出土品が語る葛城氏の権勢
盗掘によって多くの副葬品が失われましたが、それでもなお、葛城氏の権勢を物語る一級の遺物が発見されています 。
- 三角縁神獣鏡: ヤマト王権との強固な政治的同盟関係を示します 。
- 甲冑・刀剣: 強力な軍事力を象徴しています 。
- 埴輪群: 墳丘に立てられた埴輪は、まさに圧巻です。盾や靫(ゆき、矢筒)をかたどった武器形埴輪は、王を守る親衛隊を表し、精巧な家形埴輪は、葛城氏の宮殿(高殿)を忠実に再現したものと考えられています 。
- 船形陶質土器: 前述の通り、被葬者・葛城襲津彦と朝鮮半島との深い関わりを示す、国宝級の発見です 。

室宮山古墳への訪問ガイド
さあ、実際に古代への旅に出かけましょう。
アクセス
- 公共交通機関の場合
- 近鉄御所線「近鉄御所駅」またはJR和歌山線「御所駅」で下車。
- 駅前から奈良交通バス「五條バスセンター」行きに乗車(約6〜10分)。
- 「宮戸橋」バス停で下車し、徒歩約5分 。
- 車の場合
- 京奈和自動車道「御所南IC」から国道309号経由で約1km、5分ほどで到着します 。
- 注意点: 古墳には専用駐車場がありません 。路上駐車は避け、近隣のコインパーキングを利用するか、後述の「御所市文化財事務所」の駐車場を利用させてもらうのが良いでしょう 。
Googleマップ位置情報

見学のポイント
- 古墳の麓にある八幡神社が目印です。その鳥居をくぐり、社の左手にある道標に従って墳丘へ登ります 。
- 階段はやや急ですが、道は整備されています 。
- 後円部の頂上に到着すると、開口した南石室と、そこに納められた長持形石棺の一部を見ることができます 。
- 墳頂には、出土した靫形埴輪のレプリカも設置されており、当時の雰囲気を味わえます 。
- ワンポイントアドバイス: 夏場や秋口は蚊が多いことがあるため、虫除け対策をしていくことをお勧めします 。
合わせて訪れたい!「御所市文化財展示室」
古墳見学と合わせてぜひ立ち寄りたいのが、古墳からほど近い場所にある「御所市文化財事務所」内の展示室です 。入場は無料で、室宮山古墳から出土した貴重な遺物の一部が展示されています 。古墳の実物を見た後に本物の出土品に触れることで、古代葛城への理解がさらに深まること間違いなしです。
- 所在地: 御所市室102
- 開館時間: 平日 午前9時~午後5時(土日祝は休館)
- 駐車場: あり
もっと深く知りたいあなたへ 参考文献
室宮山古墳と葛城氏の謎にさらに深く分け入りたい方のために、参考文献をご紹介します。
- 『遺物が語る大和の古墳時代』
- 『葛城の考古学 先史・古代研究の最前線』
- 編者:松田 真一
- 出版社:同成社
- 葛城地方の考古学研究の成果をまとめた専門的な書籍。
- 紀伊國屋書店で購入
- 『ヤマト王権と葛城氏』
- 発行:大阪府立近つ飛鳥博物館
- 過去の特別展の図録。葛城氏について深く掘り下げています。
- ※現在、通販は行われておらず、ミュージアムショップでのみの販売となります 。
室宮山古墳は、私たちに古代の壮大な物語を語りかけてくれます。ヤマト王権の黎明期、歴史の表舞台で躍動した豪族・葛城氏の息吹を、ぜひ現地で体感してみてくだ

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