鳥取県の山間に佇む「金持神社(かもちじんじゃ)」。そのあまりにも縁起の良い名前から、宝くじ当選や商売繁盛を願う人々が全国から訪れる、日本屈指の金運パワースポットとして知られています 。しかし、この神社の魅力は、現代的な「金運」という言葉だけでは到底語り尽くせません。
その名の奥には、古代日本の産業を支えた「たたら製鉄」の炎の記憶、出雲の国造りに関わる壮大な神々の物語、そして歴史の転換点に名を刻んだ武士の祈りが深く刻み込まれています。
単なる金運スポットとしてではない、金持神社の真の姿を解き明かします。鉄(かね)が富(かね)へと転じた歴史の奇跡、神話の神々が現代に与えるご利益の根源、そして神社ゆかりの地を巡る旅へとご案内します。
「金持」の起源 – 鉄(かね)が富(かね)に変わるまで
金持神社の物語を理解する上で欠かせないのが、その名の由来となった古代の製鉄法「たたら製鉄」です。

黄金にも勝る「玉鋼」と「金持」の地名
現代で「金(かね)」と言えば、多くの人が黄金やお金を思い浮かべるでしょう。しかし古代において、「かね」は鉄をはじめとする金属全般を指す言葉でした 。そして、この金持神社が鎮座する鳥取県日野郡一帯は、古くから日本刀の原料となる最高品質の鋼「玉鋼(たまはがね)」を生み出す、たたら製鉄の一大中心地だったのです 。
当時の人々にとって、農具や武具の材料となる鉄は、黄金よりも価値のある重要な資源でした 。砂鉄を原料とするたたら製鉄は、まさに富そのものを生み出す産業であり、この地は「金(鉄)を持つ村」と呼ばれていました。これが転じて「金持(かもち)」という地名になったと伝えられています 。
つまり、金持神社の名前は、現代的な金運を願って付けられたものではなく、この土地が育んできた産業の歴史そのものを表す、誇り高き称号なのです。
創生の神話 聖なる石と神の夢

神社の創立は、その神聖な起源を物語る神秘的な伝説に彩られています 。
伝承によれば、その昔、出雲国・薗妙見社(そのみょうけんしゃ)の神官の息子が、御神体である「玉石」を携えて伊勢神宮への参拝の旅に出ました。しかし、現在の金持神社の地まで来たとき、その玉石が急に重くなり、どうしても動かすことができなくなってしまいました。神官の息子はやむなく玉石をこの地に残して旅を続けたといいます。
その後、この地に住んでいた梅林吉郎左衛E門という人物の夢に神が現れ、「この玉石を祀る社を建てよ」とのお告げがありました。このお告げに従って建てられたのが、金持神社の始まりとされています 。
この「石が重くなる」というモチーフは、その土地が神聖な場所であり、神が鎮座を望んでいることを示す日本神話の典型的な表現です。この伝説は、金持神社が「金運」と結びつく以前から、神々の意志によって定められた聖地であったことを示しています。
祀られる神々とその神話的背景
金持神社のご利益の根源は、祀られている神々の神話における役割に深く関係しています。主祭神は、天之常立神(あめのとこたちのかみ)、八束水臣津奴命(やつかみずおみつぬのみこと)、淤美豆奴命(おみずぬのみこと)の三柱です 。
天地開闢の神 天之常立神(あめのとこたちのかみ)
天之常立神は、『古事記』において天地が初めて分かれたときに現れた根源的な神の一柱です 。その名の通り、「天」が「常に立ち続ける」こと、すなわち天の恒常性や安定を象徴する神とされています 。万物の基礎を築き、高天原(神々の世界)そのものを守護する、極めて重要な役割を担っています 。
この「物事の基礎を固め、安定させる」という神格が、現代において「事業の基盤を安定させる」「資産を堅固にする」といった商売繁盛や資産形成のご利益に繋がると解釈されています 。金持神社の信仰の根幹には、この宇宙の秩序を司る神の広大な力が息づいているのです。
出雲を創りし巨人神 八束水臣津奴命と淤美豆奴命
八束水臣津奴命(やつかみずおみつぬのみこと)と淤美豆奴命(おみずぬのみこと)は、主に出雲地方の神話に登場する神々です。特に八束水臣津奴命は、『出雲国風土記』に記された壮大な「国引き神話」の主役として知られています 。

【国引き神話のあらまし】
昔、出雲の国を造った八束水臣津奴命は、「この国はなんと狭い布のような国だ。これでは不十分だ」と考えました。そこで、海の向こうにある新羅(現在の朝鮮半島の一部)や北陸の岬など、余っている土地を見つけては、「国来、国来(くにこ、くにこ)」と叫びながら巨大な綱で引き寄せ、出雲の国に縫い付けたとされています。この時、綱を結びつけた杭が三瓶山(さひめやま)と大山(ひのかみのたけ)になったと伝えられています 。
この神話は、国土を文字通り「経営」し、拡大させた物語です。この国造りの偉業が、現代における「国土経営=事業経営、資産運用」と結びつき、開運や商売繁盛のご利益の源泉となっているのです 。
また、淤美豆奴命は『古事記』において、国引き神話の主人公である八束水臣津奴命と同一視されることもある一方、大国主神(おおくにぬしのかみ)の祖先神としても登場する重要な神です 。
合祀された農耕と武の神 天香語山命(あめのかごやまのみこと)
大正4年(1915年)、近隣の野々尾神社が合祀され、その祭神である天香語山命も共に祀られるようになりました 。天香語山命は、天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫にあたり、初代天皇である神武天皇が東征の際に危機に陥ったとき、神剣「布都御魂(ふつのみたま)」を献上して救ったという伝説を持つ神です 。この逸話から、必勝祈願や武運長久のご利益があるとされています。また、稲穂の神の子孫であることから、農耕神としての神格も持ち合わせています 。
歴史の奔流に立つ 金持景藤と船上山の戦い
金持神社の歴史を語る上で、南北朝時代の武将・金持大和守景藤(かもちやまとのかみかげふじ)の存在は欠かせません。
元弘3年(1333年)、鎌倉幕府によって隠岐の島に流されていた後醍醐天皇が、島を脱出して倒幕の兵を挙げます。この時、天皇を伯耆国(現在の鳥取県中部・西部)の船上山(せんじょうさん)に迎え入れ、中心となって戦ったのが、名和長年(なわながとし)と、この地の豪族であった金持景藤でした 。
景藤は出陣に際し、氏神である金持神社で必勝を祈願し、神社の戸帳(とばり)を御旗にして戦ったと伝えられています 。船上山の戦いは天皇方の勝利に終わり、鎌倉幕府滅亡の大きなきっかけとなりました 。

京都へ凱旋する際、後醍醐天皇の行列の右側には名和長年、そして左側には金持景藤が錦の御旗を掲げて付き従ったといいます 。この逸話は、金持神社が単なる金運だけでなく、国家の命運を左右するほどの戦において、勝利と忠誠を司る神として篤く信仰されていたことを示しています。
関連史跡:船上山 後醍醐天皇が挙兵した歴史的な舞台。現在はハイキングコースとしても整備されています。
- 位置情報: Google マップで船上山を見る
たたら製鉄の遺産を巡る旅
金持神社の背景にある「たたら製鉄」の文化は、日野町やその周辺地域に今も色濃く残っています。神社参拝とあわせて、その歴史の深淵に触れる旅はいかがでしょうか。
日野町歴史民俗資料館(旧根雨公会堂)
たたら製鉄で財を成した鉄山師・近藤家の7代当主が昭和15年(1940年)に寄贈した建物で、国の登録有形文化財に指定されています 。館内には、当時の生活用品や農具などが展示されており、地域の暮らしとたたら製鉄の関わりを学ぶことができます 。
- 所在地: 鳥取県日野郡日野町根雨497
- 位置情報: Google マップで日野町歴史民俗資料館を見る
- 備考: 入館には事前予約が必要です 。
たたらの楽校 根雨楽舎(ねうがくしゃ)
明治初期の建築で、かつて鉄の商いをしていた「出店近藤」の建物を活用した資料館 。鉄山師・近藤家の経営術や、たたらに関わった人々の暮らしぶりなどを、古文書をもとに分かりやすく展示しています 。
- 所在地: 鳥取県日野郡日野町根雨645
- 位置情報: Google マップでたたらの楽校 根雨楽舎を見る
- 備考: 見学は予約制です 。
出雲街道 根雨宿(ねうしゅく)
金持神社の最寄り駅でもある根雨は、江戸時代に出雲街道の宿場町として栄えました 。たたら製鉄で生産された鉄を運ぶ重要なルートでもあり、当時の面影を残す町並みが広がっています。松江藩主が参勤交代の際に宿泊した本陣の門も現存しており、歴史散策を楽しむことができます 。
- 所在地: 鳥取県日野郡日野町根雨
- 位置情報: Google マップで根雨宿周辺を見る
【番外編】鉄の聖地・島根へ足を延ばす
たたら製鉄の文化をさらに深く知りたい方は、県境を越えて島根県へ足を延ばすのもおすすめです。

- 金屋子神社(かなやごじんじゃ): 全国のたたら職人や製鉄業者から信仰を集める、鉄の神「金屋子神」を祀る総本山です 。
- 位置情報: Google マップで金屋子神社を見る
- 和鋼博物館: たたら製鉄の歴史や技術を総合的に学べる博物館 。
- 位置情報: Google マップで和鋼博物館を見る
- 奥出雲たたらと刀剣館: たたら操業の巨大な地下構造の模型や、日本刀の鍛錬実演を見学できます 。
- 位置情報: Google マップで奥出雲たたらと刀剣館を見る
金持神社への巡礼ガイド

交通アクセス
- 所在地: 鳥取県日野郡日野町金持74
- Googleマップ: Google マップで金持神社を見る
【車でのアクセス】
- 米子自動車道「江府IC」から約20分 。
- 神社参道入口に無料駐車場があります 。
【公共交通機関でのアクセス】
- JR伯備線「根雨駅」下車、車(タクシー)で約7分 。
- 根雨駅から徒歩の場合、距離があるためタクシーの利用をおすすめします。
参考文献・関連書籍
金持神社の歴史的・神話的背景をさらに深く知るための書籍をご紹介します。
- 『たたらの実像をさぐる 山陰の製鉄遺跡』角田 徳幸 (著)
- 『たたら製鉄の歴史』角田 徳幸 (著)
- 日本独自の製鉄法であるたたらの技術的な変遷や、「海のたたら、山のたたら」といった多様な視点から、その歴史を解き明かします 。
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- 『出雲神話論』三浦 佑之 (著)
- 『古事記』に記された出雲神話を徹底的に読み解き、従来の通説に挑む大著。八束水臣津奴命が活躍する国引き神話など、金持神社の祭神を理解する助けとなります 。
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- 『日野町史』
- 地域の歴史を最も詳しく知るには、自治体が編纂する町史が最適です。鳥取県日野町の町史については、直接、日野町教育委員会などへ問い合わせることで、閲覧や購入の方法を確認できる場合があります 。
鉄、神話、そして歴史が交差する場所
金持神社は、その縁起の良い名前から多くの人々を引きつけますが、その本質は、単なる金運のパワースポットに留まりません。
古代の産業を支えた「たたら製鉄」の歴史的遺産。 天地開闢や国造りといった、日本神話の根幹をなす神々の壮大な物語。 そして、国の未来を憂い、神に勝利を祈願した武士の熱い魂。
これらの多層的な要素が複雑に絡み合い、時代を超えて人々の願いを受け止める、唯一無二の聖地を形成しています。金持神社を訪れることは、現代的な富への願いを捧げるだけでなく、日本の歴史と文化の深淵に触れる旅でもあるのです。この地に足を踏み入れたとき、あなたはきっと、単なる金運を超えた、力強いエネルギーを感じることでしょう。







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