【石清水八幡宮】武士に信仰された裏鬼門を守る最強の武神

京都府
この記事は約5分で読めます。

京都盆地の南西、三つの川(桂川・宇治川・木津川)が合流する地点に聳え立つ男山(おとこやま)。その山頂に鎮座する石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)

ここは千年以上昔、国家の命運をかけた切実な祈りによって誕生し、中世には源氏をはじめとする多くの武士たちが「勝利」を渇望して集った、日本屈指のパワースポットです。

なぜ、都(平安京)から離れたこの地に巨大な神社が築かれ、なぜ歴史上の英雄たちはこぞってこの神を崇めたのでしょうか?

今回は、「創建神話」から、武家政権を支えた信仰の理由、そして国宝に指定された「建築の謎」まで、石清水八幡宮を解説します。


始まりは九州・宇佐からの「神託」

石清水八幡宮の歴史は、平安時代前期の貞観元年(859年)にさかのぼります。

奈良・大安寺の僧侶であった行教和尚は、八幡神の総本宮である九州の宇佐八幡宮(宇佐神宮)に90日間参籠し、祈りを捧げていました。するとある夜、八幡大神がその前に現れ、神託を下したと伝えられています。

「吾れ都近き男山の峯に移座して国家を鎮護せん」

(私は都に近い男山の峰に移り住み、そこから国を護り鎮めよう)

この強力な意志を受け、時の清和天皇は直ちに社殿の造営を命令。翌年の貞観2年(860年)、八幡大神は京都・男山の地に鎮座しました。これが石清水八幡宮の始まりです。

なぜ「男山」が選ばれたのか? 平安京の霊的防衛線

八幡神が「男山」を指名した背景には、平安京が抱えていた「霊的な弱点」がありました。

古代の陰陽道において、都の北東は「鬼門(きもん)」南西は「裏鬼門(うらきもん)」と呼ばれ、災厄が侵入する危険なルートとされていました。北東の鬼門は比叡山延暦寺が守っていましたが、南西の裏鬼門は手薄だったのです。

そこに配置されたのが、最強の武神・八幡神でした。北の「仏」と南の「神」で都を挟み撃ちにして守る――石清水八幡宮は、平安京の霊的防衛(裏鬼門封じ)の要として創建されたのです。

源氏と武士団が熱狂した理由 「弓矢の神」への変貌

https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0029457 源義家像

平安時代後期から中世にかけて、石清水八幡宮は皇室だけでなく、台頭する「武士」たちから熱狂的な崇拝を集めるようになります。そのきっかけを作ったのが、清和源氏の英雄・源義家(みなもとのよしいえ)です。

義家は7歳の時、この石清水八幡宮で元服(成人の儀式)を行い、自らを「八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)」と名乗りました。彼が数々の戦いで勝利を収め、「武士の鑑」として称えられるようになると、武士たちの間で「八幡神=源氏の氏神=勝利をもたらす弓矢の神」という信仰が爆発的に広まります。

後に鎌倉幕府を開いた源頼朝が、本拠地・鎌倉に「鶴岡八幡宮」を築いたのも、この石清水八幡宮を勧請したものです。

国宝・御社殿に隠された「建築の謎」と信長の痕跡

現在の社殿は、徳川3代将軍・家光によって再建されたもので、2016年に本社10棟が国宝に指定されました。

古代の形式「八幡造(はちまんづくり)」

本殿は、前殿(外殿)と後殿(内殿)という二つの建物を前後に並べ、「相の間」でつないだ独特の構造をしています。横から見ると「M字型」に見えるこの八幡造は、神様が「昼は前殿で人々を守り、夜は後殿で休む」ための構造とも言われています。

織田信長が寄進した「黄金の雨樋(あまどい)」

https://chanoyumap.jp/special/iwashimizuhachimangu/より

本殿と外殿の間に架かる雨樋(あまどい)に注目してください。実はこれ、木製ではなく「黄金」(金銅製)です。 寄進したのは、織田信長。 信長はこの地を非常に重視しており、「良いことが続くように」との願いを込めて、当時としては破格の巨大な黄金の雨樋を寄進しました。

左甚五郎の「目貫きの猿」

日光東照宮の「眠り猫」で有名な名工・左甚五郎(ひだりじんごろう)の作と伝わる彫刻が、楼門の蟇股(かえるまた)にあります。 ここに彫られた猿は、あまりに出来栄えが良く、夜な夜な生命を得て里へ抜け出し悪さをしたため、右目を釘で打たれて封印されたという伝説があります。別名「目貫きの猿」。参拝の際は、ぜひ頭上の猿を探してみてください。

物理的に消された「鬼門」

本殿を囲む石垣(瑞籬)の北東角に行くと、石垣が直角ではなく、「切り取られた」形になっていることに気づきます。これは「牛寅(北東=鬼門)」の角をあえて造らないことで、物理的に鬼門を消滅させる「鬼門封じ」の跡。創建時の呪術的な思想が、建築の一部としてリアルに残されています。


アクセス・基本情報

神話の舞台となった男山へは、ケーブルカーを利用した参拝が便利で風情がありおすすめです。

【住所】 〒614-8588 京都府八幡市八幡高坊30

【電車・ケーブルカーでのアクセス】 京阪電車「石清水八幡宮駅」下車。 駅のすぐ目の前にある「参道ケーブル」に乗り換え、約3分の空の旅で山上へ。 ※山上駅から本殿までは徒歩約5分です。

【車でのアクセス】 名神高速道路「大山崎IC」または久御山淀ICから約15分。 ※山麓(駅周辺)に市営駐車場やコインパーキングがあります。 ※山上にも駐車場はありますが、道が狭く、祭礼時や正月は規制されることがあるため、山麓に停めてケーブルカーを利用するのが一般的です。

【Google Maps】 Googleマップで開く

コメント

タイトルとURLをコピーしました