島根県出雲市、のどかな田園風景が広がる斐川町に鎮座する伊佐賀神社(いさかじんじゃ)。地元では親しみを込めて「伊保さん(いぼさん)」と呼ばれ、その通称は「伊保神社」として知られています 。
この神社には、きらびやかな社殿や巨大な鳥居はありません。しかし、その簡素な境内には、古代の文献に記された壮大な神話と、社殿が建てられる以前の日本人が抱いていたであろう、自然への畏敬の念が今も色濃く息づいています。
この記事では、謎多き神・阿菩大神(あぼのおおかみ)の物語を軸に、伊佐賀神社の奥深い魅力と、その神話にゆかりのある各地の史跡を巡る旅へとご案内します。
始まりは神々の恋争い?伊佐賀神社を創った「いぼをふる」神話
伊佐賀神社の核心に触れるには、まず8世紀に編纂された地方誌『播磨国風土記』に記された、他に類を見ない奇妙な物語を知る必要があります 。

【物語のあらすじ】 遠い昔、大和の地(現在の奈良県)に、香具山、耳成山、畝傍山という三つの美しい山がありました 。ある時、香具山と耳成山が、畝傍山をめぐって激しい恋の争いを始めます。
この神々の争いの噂は、遠く離れた出雲国にまで届きました。それを聞いた出雲の神・阿菩大神は、「これは大変だ。私が行って諫め、止めさせよう」と、はるばる大和を目指して旅に出ます 。
しかし、大神が播磨国(現在の兵庫県南西部)の揖保郡(いぼぐん)までたどり着いた時、無情にも「三山の争いは、すでに収まりました」という知らせが届きます。
長い道のりを旅してきた苦労が水の泡となり、阿菩大神は激しく立腹。「せっかくここまで来たというのに!」と、大いに不満を抱きました。この時の大神の感情的な行動が「いぼをふった」と記録されています 。怒りにまかせた大神は、乗ってきた船をその場でひっくり返してしまい、その上にどっかと座り込んでしまいました。この船が丘となり、「神阜(かみおか)」と呼ばれるようになった、と物語は結ばれます 。
この「いぼをふる」という言葉は、「不満に思い立腹して立ち去る」という意味の出雲地方の方言として、1300年の時を超えて現代にまで伝わっています 。神話上の出来事が、地域の言葉を創り出したのです。
そして、この故事と、神の名「阿菩(あぼ)」が結びつき、故郷である出雲のこの地は「伊菩(いぼ)」と呼ばれるようになり、後に「伊保(いほ)」へと変化。阿菩大神を祀るこの神社も、通称「伊保神社」として知られるようになったのです 。
神話の舞台を巡る 大和から播磨へ
阿菩大神の壮大な旅路は、現在の私たちも辿ることができます。神話の舞台となった場所を訪れることで、物語はより一層リアリティを帯びてくるでしょう。
1. 物語の発端:大和三山(奈良県橿原市)
神々の恋争いの舞台となった大和三山は、古代日本の中心地・飛鳥地方の美しい景観を今に伝えています。それぞれが独立した小高い山でありながら、その絶妙な配置から神聖な場所とされてきました 。
- 香具山(あまのかぐやま): 天から降ってきたという伝説を持つ、最も神聖視された山。
- 畝傍山(うねびやま): 初代・神武天皇の宮が置かれたとされる、歴史的に重要な山。
- 耳成山(みみなしやま): 整った円錐形の美しい姿を持つ山。
三山はそれぞれハイキングコースが整備されており、山頂からは古代の都が置かれた大和国原を一望できます。万葉集にも詠まれた風景の中で、神々の恋物語に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
2. 大神、立腹の地:神阜(兵庫県たつの市)
阿菩大神が「いぼをふった」場所、「神阜(かみおか)」は、現在の兵庫県たつの市揖保町にある中臣山(なかじんやま)に比定されています 。そして、その麓に鎮座するのが中臣印達神社(なかとみいたてじんじゃ)です。

この神社は『播磨国風土記』の別の伝説、「粒丘(いひぼをか)」の舞台でもあり、古代播磨の重要な聖地でした 。主祭神は五十猛神(いたけるのかみ)で、樹木の神として知られています 。阿菩大神が五十猛神と同一神ではないか、と示唆する研究者もおり、両者の間には深い関係があるのかもしれません 。
鬱蒼とした森に包まれた境内は静かで、神話の時代にタイムスリップしたかのような感覚を覚えます。阿菩大神がこの地で感じたであろう、やり場のない怒りと無念を想像しながら参拝するのも一興です。
- 所在地: 兵庫県たつの市揖保町中臣1360
- アクセス:
- 公共交通機関: JR本竜野駅または竜野駅からタクシーで約10分 。
- 車: 太子竜野バイパス西構ランプから北へ約5分 。
伊佐賀神社の神々と見どころ 本殿なき聖域に宿る原始の祈り
さて、旅の目的地、出雲の伊佐賀神社へと戻りましょう。この神社の最大の魅力は、その独特の祭祀形態と、祀られている神々の組み合わせにあります。
祀られる三柱の神々
伊佐賀神社には、主祭神の阿菩大神のほかに、二柱の神が配祀されています 。
- 阿菩大神(あぼのおおかみ): 主祭神。前述の通り、『播磨国風土記』にその名が見える謎多き神 。
- 素盞嗚尊(すさのおのみこと): ヤマタノオロチ退治で知られる出雲神話の英雄。厄除けや縁結びの神として広く信仰されています 。
- 岩長姫命(いわながひめのみこと): その名の通り岩の神格であり、永遠や不老長寿を司る女神 。
地域固有の神話を持つ阿菩大神、出雲を代表する偉大な神である素盞嗚尊、そして境内の自然物(岩)と結びつく岩長姫命。この三柱が揃うことで、伊佐賀神社が持つ多層的な信仰の世界が浮かび上がってきます。
本殿がない!御神体は一本の「神木」
伊佐賀神社を訪れて最も驚くのは、多くの神社にあるはずの本殿が存在しないことです 。では、神様はどこにいるのか?その答えは、拝殿の奥、注連縄が張られた神聖な空間に立つ一本の榊(さかき)の木です 。
この木そのものが御神体であり、神が宿る依り代なのです。これは「神籬(ひもろぎ)」と呼ばれる、神道における最も古い祭祀形態の一つです 。社殿という人工物が建てられる以前、人々はこうして特定の木や森を聖域とし、神々を招き、祈りを捧げていました。伊佐賀神社は、その古代の信仰の姿を、今にそのまま伝えている「生きた博物館」なのです。
触れて力をいただく「御神石」

拝殿の前には、丸い形をした「御神石(ごしんせき)」が鎮座しています 。この石に触れると、不思議な力を授かることができると信じられており、多くの参拝者がそっと手を触れていきます 。
これは、神が降臨する岩を崇拝する「磐座」信仰の名残です。配祀神として岩の女神・岩長姫命が祀られているのも、この御神石の存在と深く関わっているのでしょう 。
神木(神籬)と御神石(磐座)。伊佐賀神社は、日本の信仰の二つの大きな源流である「木への信仰」と「石への信仰」を、純粋な形で同時に体感できる、非常に貴重なパワースポットなのです。
伊佐賀神社 訪問ガイド
- 所在地: 島根県出雲市斐川町出西544番地
- アクセス:
- 公共交通機関: 一畑バスの出雲-大東線に乗車し、「伊保」停留所で下車するのが最も便利です 。JR出雲市駅からのバス路線を確認してください。
- 車: 山陰自動車道 斐川ICから約10分。神社周辺に駐車スペースがあります 。
参考文献 神話の世界をさらに深く知るために
伊佐賀神社の物語の背景にある『出雲国風土記』と『播磨国風土記』は、現代語訳で気軽に読むことができます。古代の人々が見た風景や、神々の息遣いをより深く感じたい方におすすめです。
- 『出雲国風土記 全訳注』(荻原千鶴 / 講談社学術文庫) 現存する風土記の中で唯一の完本。古代出雲の地理や産物、そして国引き神話などの壮大な物語が詳細に記されています 。

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