【二ツ森貝塚】北東北の拠点集落。縄文人の「環境適応」と「愛犬との絆」

青森県
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2021年、「北海道・北東北の縄文遺跡群」がユネスコ世界文化遺産に登録されました。その構成資産の一つであり、北東北最大級の規模を誇るのが、青森県七戸町に位置する「二ツ森貝塚(ふたつもりかいづか)」です。

広さは東京ドーム約8個分(35万平方メートル)。 ここは単なる「古代のゴミ捨て場」ではありません。気候変動という地球規模の課題に直面した人類の「適応のドラマ」と、現代人の心を揺さぶる「精神性の高さ」が、驚くほど鮮明に残されたタイムカプセルなのです。

今回は、現地を訪れる前に絶対に知っておきたい二ツ森貝塚の歴史的価値、出土品が語るストーリー、そして見学のポイントを解説します。


縄文海進と海退 気候変動を生き抜いた「適応戦略」

二ツ森貝塚が形成されたのは、縄文時代前期から中期(紀元前3,500年~2,000年頃)。 この遺跡の最大の特徴は、数千年にわたる気候変動と、それに適応した人々の暮らしが地層(貝層)に刻まれている点にあります。

眼下に海が広がっていた時代

現在、遺跡は小川原湖の西岸、標高約30メートルの段丘上にあります。しかし、遺跡が作られ始めた約5,500年前、 当時の海面は現在より5〜6メートル高く、太平洋の波が内陸深くまで入り込んでいました。現在の小川原湖周辺は、外海とつながる大きな「内湾」だったのです。

貝層が語る「食」の変化

遺跡の貝層を垂直に分析すると、当時の環境変化が手に取るようにわかります。

  • 下層(古い時代): マガキ、ハマグリ、ホタテなどの「外洋性・海水性の貝」が中心。
  • 上層(新しい時代): ヤマトシジミなどの「汽水性(海水と淡水が混じる水域)の貝」へ変化。

気候が冷涼化し、海面が下がると(海退)、湾の入り口が砂州で塞がれ、海は徐々に汽水湖(現在の小川原湖の原型)へと変わっていきました。 二ツ森貝塚の人々は、環境が変わったからといって土地を捨てることはしませんでした。「獲れるものが変われば、食べるものを変える」という柔軟な思考で、自然と共生し続けたのです。この「レジリエンス(回復力・適応力)」こそが、世界遺産として高く評価されたポイントの一つです。


北東北の拠点集落 豊かな食と「文化の十字路」

二ツ森貝塚は、居住域、墓域、廃棄域(貝塚)が計画的に配置された「馬蹄形集落」です。ここでの暮らしは、私たちが想像する以上にダイナミックで洗練されたものでした。

驚異の漁労技術 マグロを追って外洋へ

貝層のカルシウム分によって酸性土壌が中和されたため、二ツ森貝塚では通常残らない魚の骨が奇跡的に保存されています。 そこで見つかったのは、マダイやスズキだけでなく、カツオやマグロといった大型回遊魚の骨でした。

これらは湾内では獲れません。縄文人たちは堅牢な丸木舟を操り、高度な釣針や銛(もり)を携えて、勇猛果敢に沖合へ進出していたのです。冬にはハクチョウなどの渡り鳥も狩猟しており、一年を通じて陸・海・空の資源をフル活用していました。

デザインの融合 「榎林式土器」

この遺跡は文化の交流地点でもありました。 ここで出土する土器は、地元の円筒土器文化をベースにしつつ、南東北(宮城・福島方面)の「大木式土器」の影響を強く受けています。 これらは「榎林式土器(えのきばやししき)」と呼ばれ、丸みを帯びた胴部やダイナミックな渦巻文様が特徴です。遠方の人々と交流し、新しいデザインを積極的に取り入れる「進取の気性」が感じられます。


縄文人の心に触れる イヌとヒトの1万年の絆

二ツ森貝塚を語る上で最も感動的なのが、当時の人々の「精神性」です。

介護されたイヌ

遺跡からは、人間と同様に丁重に埋葬されたイヌの骨が見つかっています。特筆すべきは、その骨に残された痕跡です。

  1. 骨折が治癒したイヌ あるイヌの骨には、狩猟などで負ったと思われる重度の骨折が、自然治癒した跡がありました。これは、動けない期間、人間が食事を運び、外敵から守り続けた証拠です。
  2. 歯が抜けた老犬 歯が抜け落ち、歯槽骨が塞がった老犬の骨も見つかりました。硬いものが食べられない老犬に対し、人間が柔らかい食事を与えてケアしていたことがわかります。
  3. 同じ釜の飯: 骨の同位体分析の結果、イヌたちは人間と同じ海産物を食べていたことが判明しています。

彼らにとってイヌは、単なる道具ではありませんでした。共に生き、傷つけば癒やし、老いを支える「家族」そのものだったのです。この優しさは、現代に生きる私たちにも深く通じるものでしょう。

至高の工芸品「鹿角製櫛」

精神性の高さは、装身具にも表れています。 青森県重宝「鹿角製櫛(ろっかくせいくし)」は、硬いシカの角を石器だけで加工したとは思えないほど精緻な逸品です。繊細な透かし彫りと幾何学模様は、現代の工芸品と比べても遜色がありません。 これは権威の象徴であり、あるいは特別な儀礼のための道具であったと考えられています。


二ツ森貝塚を120%楽しむための歩き方

歴史的背景を知ったところで、実際の現地の見どころとアクセス情報をご紹介します。

二ツ森貝塚館(旧小学校を活用)

まずはガイダンス施設へ。ここでは以下の展示が必見です。

  • 貝層剥ぎ取り断面: 発掘調査時の貝層をそのまま剥ぎ取って展示。数千年の貝の堆積を目の当たりにできます。
  • 重要出土品: 前述の「鹿角製櫛」や「榎林式土器」の実物を間近で観察できます。
  • 体験学習: 縄文服の試着、火起こし体験など、子供から大人まで楽しめます。

史跡公園と復元住居

広大な台地には、当時の植生(クリやクルミの森)が再現され、竪穴住居が復元されています。 見晴らし台からは小川原湖方面を一望できます。「かつてここが海だった」という想像力を働かせながら、古代の風を感じてみてください。


アクセス・利用情報

  • 施設名: 二ツ森貝塚(二ツ森貝塚館・史跡公園)
  • グーグルマップの位置情報
  • 住所: 青森県上北郡七戸町字貝塚家ノ前156-1
  • 開館時間: 10:00~16:00
  • 休館日: 月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始
  • 入館料: 無料

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