【鷲子山上神社】フクロウのご利益だけではない!県境に鎮座する「製紙・紡績の神」天日鷲命の謎と忌部氏の足跡

栃木県
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栃木県那珂川町と茨城県常陸大宮市。 かつての下野国(しもつけのくに)と常陸国(ひたちのくに)の国境(くにざかい)。

標高470メートルの鷲子山(とりのこさん)の山頂に、両県の住所を持つ稀有な神社が鎮座しています。 「鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)」です。

近年では「日本一の大フクロウ像」がある神社として、金運や運気上昇を願う多くの参拝者で賑わっています。しかし、この神社の真の魅力は「フクロウのかわいらしさ」の奥にある、1200年以上の重厚な歴史と、祀られている「天日鷲命(アメノヒワシノミコト)」という神にあります。

謎多き神「天日鷲命(アメノヒワシノミコト)」とは?

この神様は、日本神話において非常に重要な役割を果たした氏族「忌部氏(いんべうじ/いんべし)」の遠祖とされる神です。

天岩戸神話での活躍

古語拾遺(こごしゅうい)』などの記述によれば、天照大御神が天岩戸に隠れてしまい、世界が闇に包まれた際、天日鷲命は他の神々と共に岩戸の前で祭祀を行いました。

具体的には、「木綿」を作り、捧げ持ったとされています。 また、弦楽器(琴のようなもの)を奏でて神々を和ませたとも言われます。天岩戸が開いた際、弦の先に鷲(わし)が止まったことから、「天日鷲命」という名がついたという伝承もあります。

このことから、天日鷲命は以下の神徳を持つとされています。

  • 紡績・製紙の神: 木綿や麻を扱う技術の祖。
  • 産業の神: 物作りの技術を伝えた。
  • 酉の市の神: 浅草の「おとりさま(鷲神社)」と同じ神様です。商売繁盛のご利益はここから来ています。

なぜ、この山深い県境の地に、産業の神が祀られたのでしょうか。

創建の歴史 大同2年(807年)の謎

社伝によれば、鷲子山上神社の創建は、平安時代初期の大同2年(807年)。 この「大同2年」というのは、日本全国の古社寺において「不思議なほど創建年として多い年」です。

この時代、朝廷の命を受けた坂上田村麻呂による東国遠征や、あるいは慈覚大師円仁(下野国出身)による仏教布教が活発に行われていました。 伝承によれば、四国の阿波国(徳島県)から、忌部氏の末裔がこの地に移り住み、祖神である天日鷲命を祀ったのが始まりとされています。阿波(あわ)は「麻」の産地であり、当時の最先端の紡織技術を持っていました。

つまり、この鷲子山は、古代における「産業技術移転の拠点」だった可能性があるのです。 製紙や紙漉き(かみすき)の技術がこの地域(那須・常陸地域)に伝播した背景に、この神社の存在があるのかもしれません。

「国境(くにざかい)」という聖域

鷲子山上神社の最大の特徴は、神社の敷地の中央を県境が通っていることです。 境内には「ここより栃木県」「ここより茨城県」という標識があり、本殿の中央も県境が貫いています。

なぜ県境なのか?

古代において、山や峠、川といった「境界(さかい)」は、異界との接点であり、神聖な場所とされていました。 「サカイ」は「坂(サカ)」に通じ、神霊が降臨する場所と考えられていたのです。

また、実利的な側面から見れば、下野国(栃木)と常陸国(茨城)の双方がこの山を重要視し、両国から崇敬を集めるために、あえて境界に社殿を設けたとも考えられます。 江戸時代には、水戸藩(茨城側)の徳川光圀(水戸黄門)も崇敬し、社領を寄進しています。水戸藩領と那須の黒羽藩領の境界争いを鎮める意味合いもあったことでしょう。

境内の歴史的見どころ

参拝の際は、以下のポイントに注目してください。

  • 楼門(ろうもん): 安永7年(1778年)の建立。栃木県指定文化財。随神像が安置されており、江戸中期の神社建築の美しさを今に伝えています。ここを潜ると空気が変わるのを感じるでしょう。
  • 本殿・拝殿: 県境の上に建っています。彫刻が見事ですので、ぜひ細部まで観察してください。龍や獅子などの精緻な彫りが施されています。
  • 亀井戸(かめいど): 本殿裏手にある霊泉。山頂付近でありながら枯れることがないと言われ、古くから神聖視されています。
  • 日本一の大フクロウ像(不苦労): 現代の信仰のシンボル。高さ7メートル。歴史的建造物ではありませんが、大神様の使いとしての「鷲(鳥)」が、いつしか「幸福を呼ぶフクロウ」へと変化・習合していった民俗信仰の面白さを体現しています。

訪問ガイド

鷲子山上神社は山頂にあるため、アクセスには注意が必要です。

グーグルマップ位置情報 鷲子山上神社の位置情報

自動車でのアクセス(推奨)

公共交通機関は非常に不便なため、基本的には自家用車またはレンタカーを推奨します。

  • ルート:
    • 東北自動車道: 「矢板IC」より約60分。
    • 常磐自動車道: 「那珂IC」より約60分。
  • 【重要】道路についての注意: 神社への山道は、茨城県側からのルート栃木県側からのルートがあります。
    • 栃木県側(大鳥居側): 道幅が広く、大型バスも通れるためこちらを強く推奨します。国道293号線から入ります。
    • 茨城県側: 道幅が非常に狭く、すれ違いが困難な急勾配の道です。ナビによってはここを案内することがありますが、運転に自信がない場合は避けてください。
  • 駐車場: 山頂付近に無料駐車場あり(約50台)。
公共交通機関でのアクセス

非常に難易度が高いですが、不可能なわけではありません。

  1. JR宇都宮線「氏家駅」 または JR烏山線「烏山駅」 下車。
  2. そこからタクシーを利用。
    • 烏山駅から:タクシーで約25分。
    • ※バス路線は近くまで通っていますが、バス停から山頂まで徒歩で1時間近く急な山道を登ることになるため、現実的ではありません。タクシー利用を前提に計画してください。

歴史を深掘りするための参考文献

鷲子山上神社や天日鷲命、忌部氏についてより詳しく知りたい方のためのブックリストです。

1. 『古語拾遺』 (岩波文庫) Amazonで見る 斎部広成(忌部氏の末裔)が書いた歴史書。天日鷲命の活躍や、中臣氏との対立などが記されています。

2. 『日本の神様読み解き事典』 (柏書房) Amazonで見る 天日鷲命をはじめ、様々な神様の由緒やご利益、系譜を調べるのに最適です。

3. 『茨城県の歴史散歩』 (山川出版社) Amazonで見る 鷲子山上神社を含む、常陸国北部の歴史的背景や周辺の史跡を網羅しています。

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