群馬県ののどかな田園風景の中に、日本でも極めて珍しい神社が鎮座しているのをご存知でしょうか。その名も「羊神社(ひつじじんじゃ)」です 。
この神社の最大の特徴は、社殿を守る「狛犬」ならぬ「狛羊(こまひつじ)」 。モフモフとした毛並みと愛らしい瞳を持つ狛羊は、訪れる参拝者を驚かせます 。
この神社の本当の魅力は、その名に隠された1300年前の壮大な伝説にあります。今回は、羊神社に祀られる謎多き人物「多胡羊太夫(たごひつじだゆう)」の伝説と、ユネスコ「世界の記憶」にも登録された古代の石碑「多胡碑」との深い繋がり、そして神社へのアクセス方法を徹底的にご紹介します。
羊神社の御祭神「多胡羊太夫」とは何者か?
羊神社の御祭神は、「天児屋根命(あまのこやねのみこと)」と共に、「多胡羊太夫藤原宗勝公(たごひつじだゆうふじわらのむねかつ)」として祀られています 。この「多胡羊太夫」こそが、この地に伝わる伝説の中心人物です。

英雄にして超人。一日で都と群馬を往復した男
多胡羊太夫は、古代の上野国(こうずけのくに)において、奈良の都にも頻繁に行き来する優秀な役人であり、地域の英雄でした 。
彼がこの地にもたらした功績は計り知れず、都から銅山の開発技術や養蚕生業といった当時の最新技術を導入し、地域を大いに発展させたと伝えられています 。
その伝説は超人的ですらあります。神社の縁起によれば、羊太夫は「権田栗毛(ごんだくりげ)」という名馬を駆り、なんと一日で上野国(群馬)と都(奈良)を往復して参勤したというのです 。この功績により、朝廷から「藤原」の姓を賜ったとも言われています 。
ユネスコ「世界の記憶」多胡碑との関係

羊太夫の伝説を語る上で欠かせないのが、近くに現存する古代の石碑「多胡碑(たごひ)」の存在です。
多胡碑は、奈良時代初期の和銅4年(711年)に建立された石碑で、「山上碑」「金井沢碑」と共に「上野三碑(こうずけさんぴ)」としてユネスコ「世界の記憶」に登録された、日本古代史の一級資料です 。
そして、この多胡碑を建立した「羊」という名の人物こそが、羊神社の御祭神「多胡羊太夫」と同一人物である、というのがこの地域に伝わる伝承です 。
伝承によれば、羊太夫は秩父で和銅(銅鉱石)を発見した功績により、朝廷から「多胡郡」を賜り、それを記念して多胡碑を建てたとされています 。この石碑そのものが「羊さま」と呼ばれ、地元で長く崇拝の対象とされてきた形跡もあります 。
英雄の影—「朝敵」と呼ばれた男の最期
地域の発展に尽くした英雄・羊太夫。しかし、彼は後に謀反(むほん)の疑いをかけられ、この地から追放されてしまったと伝えられています 。
さらに一説には、羊太夫が「朝敵(ちょうてき)」、すなわち朝廷に敵対した者であった可能性も指摘されています。多胡氏の家記には「多胡羊太夫朝敵」という記述があったとされ、聖武天皇の時代に反乱を企てたという説も残っているのです 。
朝敵として追われる身となった羊太夫の最期は、讒言(ざんげん)によって官軍に攻められた彼は、最期は「金色の蝶」となって飛び去ったと伝えられています 。
伝説から神社へ
この羊神社は、奈良時代の「羊」本人によって建てられたものではありません。 それから約1000年後の江戸時代(延宝年間、1673~81年)、この地に移り住んだ羊太夫一族の末裔たちが、新しい土地を開発するにあたり、自らの祖神である羊太夫公を祀ったのが始まりとされています 。
英雄、超人、そして朝敵。1300年の時を超え、複雑な側面を持つ「多胡羊太夫」の記憶は、子孫たちによって「羊神社」という形で今に受け継がれているのです。
羊神社 訪問ガイド
伝説の舞台である羊神社へのアクセス方法と、訪問時の重要な注意点をまとめます。
羊神社


まずは、狛羊と社殿がある「羊神社」本体を目指します。
- 所在地: 群馬県安中市中野谷1751
- Google Map 羊神社
【公共交通機関でのアクセス】
- JR信越本線「磯部駅」より 約2.2km
- 徒歩で約27分。
【車でのアクセス】
- 高崎方面から一般道で約38分。
- 駐車場: 羊神社には専用の無料駐車場はありません。
御朱印・お守りは「咲前神社」
羊神社を訪問する際に、最も注意すべき点です。
羊神社は無人の神社であり、社務所がありません 。 そのため、御朱印、お守り、御札などは羊神社の境内では一切受けることができません。
これらの授与品は、羊神社を管理している兼務社「咲前神社(さきさきじんじゃ)」にて授与されます 。
- 授与場所: 咲前神社(さきさきじんじゃ)
- 所在地: 〒379-0124 群馬県安中市鷺宮3308
- 羊神社からの距離: 車で約5分~10分
伝説をさらに深く知るための参考文献
多胡羊太夫と多胡碑の伝説に興味を持った方へ、関連する書籍をいくつかご紹介します。
- 『ユネスコ世界の記憶「上野三碑」を読んでみましょう あなたも読める日本最古の石碑群』
- 上野三碑(多胡碑を含む)について、その碑文から日本語の誕生や当時の社会を読み解く一冊。伝説の背景にある「歴史」を知ることができます。
- Amazon
- 『上野三碑の時代 7・8世紀の都と東国』
- 国立歴史民俗博物館のミュージアムショップで取り扱われている書籍で、7~8世紀の都と東国(群馬)の関係性について深く掘り下げています。
- 国立歴史民俗博物館ミュージアムショップ


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