【大石見神社】大国主命の復活の地へ。鳥取・大石見神社と神話ゆかりの地を巡る旅

鳥取県

日本最古の歴史書『古事記』。そこに描かれる神々の物語は、今もなお日本の各地に息づいています。今回ご紹介するのは、その中でも特に劇的な「復活再生」の物語の舞台となった、鳥取県日野郡日南町に鎮座する大石見神社(おおいわみじんじゃ)です。

なぜこの神社が、人生の困難に立ち向かい、再起を願う人々の心を惹きつけてやまないのか。その秘密は、主祭神である大国主命(おおくにぬしのみこと)が経験した、二度にわたる死と奇跡の復活の神話に隠されています。

物語の始まり ― 大国主命、二度の死と復活の神話

大石見神社の核心に触れるには、まず主祭神である大国主命の若き日の物語を知る必要があります。彼の名は当時、大穴牟遅神(おおなむちのかみ)と呼ばれていました。多くの異母兄弟である八十神(やそがみ)たちと共に、因幡の国(現在の鳥取県東部)の美しい女神、八上比売(やがみひめ)に求婚する旅に出ます。

物語の発端の地 白兎神社(はくとじんじゃ)

道中、兄弟たちにいじめられ、ワニ(サメの古語)に皮を剥がれて泣いていた一羽の兎と出会います。心優しい大穴牟遅神は、真水で体を洗い、ガマの穂にくるまるよう教え、兎を助けました。この「因幡の白兎」の伝説はあまりにも有名で、その舞台となったのが鳥取市の白兎神社です。この親切な行いを知った八上比売は、横暴な八十神たちではなく、心優しい大穴牟遅神を夫に選びます。

これが、八十神たちの激しい嫉妬と殺意を招く引き金となりました 。

【関連史跡:白兎神社】

  • 所在地: 鳥取県鳥取市白兎603
  • Googleマップ:(白兎神社)
  • 特徴: 日本最古のラブストーリーの地とも言われ、縁結びのご利益で知られる。境内には兎の石像が並び、神話の世界観に浸ることができる。道の駅「神話の里 白うさぎ」が隣接しており、観光の拠点としても便利 。   

最初の試練の地 赤猪岩神社(あかいいわじんじゃ)

八十神たちの最初の謀略は、現在の鳥取県西伯郡南部町にある赤猪岩神社の地で実行されました 。彼らは大穴牟遅神を騙し、「山の上から赤い猪を追い落とすから捕まえろ」と言い、実際には火で真っ赤に焼いた大岩を転がしました。大穴牟遅神は岩に潰され、無残にも焼け死んでしまいます。

しかし、母神である刺国若比売(さしくにわかひめ)が高天原の神に助けを求め、遣わされた二柱の女神の力によって、彼は奇跡的に蘇生します。これが一度目の復活です。

【関連史跡:赤猪岩神社】

  • 所在地: 鳥取県西伯郡南部町寺内232
  • Googleマップ:(赤猪岩神社)
  • 特徴: 大国主命が一度目の復活を遂げた場所。境内には、神話に登場する大岩とされる「赤猪岩」が祀られている。静かな田園風景の中に佇み、神話の悲劇と再生を静かに物語る 。   

二度目の試練、そして「大石見神社」へ

一度蘇ったにもかかわらず、八十神たちの憎悪は収まりません。彼らは再び大穴牟遅神を騙し、大木を切り倒して楔を打ち込んだ裂け目に彼を押し込み、楔を抜いて圧殺してしまいます 。二度目の死です。

母神は再び息子を蘇らせると、このままでは危ないと、紀伊国(現在の和歌山県)の神の元へ逃がしました。

そして、この二度目の死と復活が遂げられた、まさにその場所こそが、今回ご紹介する大石見神社であると伝えられているのです 。度重なる理不尽な迫害と死を乗り越え、完全な復活を遂げた地。だからこそ、大石見神社は「復活再生のパワースポット」として、特別な信仰を集めているのです。

歴史の荒波を越えて 大石見神社の歩み

大石見神社の歴史は、神話の時代にまで遡るとされ、創立年代は詳らかではありません 。しかし、その歩みは、日本の社会や宗教の変遷と深く関わっています。   

地域信仰の中心「大國主大明神」

古くは「大國主大明神(おおくにぬしだいみょうじん)」と称され、この地域の9つの村々の産土神(うぶすながみ)、すなわち土地の守り神として篤く信仰されていました 。その存在を示す最も古い記録は、慶長5年(1600年)の棟札(むなふだ)で、当時の領主であった吉川広家の名が記されています。このことから、江戸時代初期にはすでに有力な武将からも崇敬される、地域の中核的な神社であったことがわかります 。

明治維新と国家神道

明治時代に入ると、政府の神仏分離令や神社制度の改革の波がこの地にも及びます。明治元年(1868年)、仏教的な響きを持つ「大明神」の称号が廃され、地名にちなんで「月瀬社(つきせしゃ)」と改称 。その後、「月瀬神社」となり、国家の管理体制の中に組み込まれていきました 。   

地域の祈りを集約し「大石見神社」へ

神社の歴史における最大の転換点は、大正4年(1915年)に訪れます。政府の神社合祀政策により、近隣にあった大歳神社、山根神社、平田神社など、多数の神社が月瀬神社に統合されました 。この大規模な合祀を機に、社名は現在の「大石見神社」へと改められたのです 。

この結果、大石見神社は22柱もの多様な神々を祀る大神殿となりました 。その中には、この地域で盛んだった「たたら製鉄」に関わる金山彦命(かなやまひこのみこと)蹈鞴五十鈴姫命(たたらいすずひめのみこと)なども含まれています 。

つまり、現在の大石見神社は、大国主命の復活神話という核を持ちながら、近代化の中で失われかけた地域の様々な信仰や産業の記憶をも受け継ぐ、歴史文化の箱舟のような存在なのです。

神話と自然が織りなす境内 

大石見神社の境内は、荘厳な社殿と、神話の時代から時を刻んできたかのような生命力あふれる自然が見事に調和した、神聖な空気に満ちています。

出雲の血統を引く本殿建築「大社造変形」

昭和2年(1927年)に建立された本殿は、「大社造変形(たいしゃづくりへんけい)」という様式で建てられています 。大社造は、大国主命の総本宮である出雲大社に代表される、日本最古の神社建築様式の一つです 。屋根の棟に対して直角の面(妻)に入口がある「妻入(つまいり)」が最大の特徴で、出雲系の神を祀る社としての格式を示しています 。

大石見神社の本殿が「変形」と称されるのは、この古典様式を地域の神社の規模に合わせて応用しているためです 。主祭神のルーツである出雲への深い敬意と、地域の人々の祈りの場としての実用性を両立させた、美しい建築と言えるでしょう。   

生命の奇跡を宿す御神木「オハツキタイコイチョウ」

社殿と並び、この神社のもう一つの象徴が、樹齢約600年ともいわれるイチョウの巨木です 。この木は「上石見のオハツキタイコイチョウ」の名で鳥取県の天然記念物に指定されており、植物学的にも極めて珍しい存在です 。

その名の通り、

  • オハツキ(御葉付き):ギンナンが葉の表面に直接実る
  • タイコ(太鼓):二つのギンナンが合わさって太鼓のように実る

という、二つの稀な現象が一本の木に同時に現れるのです 。これは全国的にも他に類を見ない、唯一無二の存在である可能性が高いと言われています 。

老齢でありながら、葉から直接実を結ぶという驚異的な生命力を見せるその姿は、まさに大国主命の「復活と再生」の物語を象徴しているかのようです。特に秋、境内が黄金色の落ち葉で埋め尽くされる様は圧巻で、神社の青みがかった屋根とのコントラストは、息をのむほどの美しさです 。   

地域に根ざす生きた信仰 祭祀と共同体

大石見神社は、静かな歴史遺産ではありません。今なお、地域の人々によって支えられ、共同体の絆を育む生きた信仰の中心地です。

毎年10月21日に行われる例大祭では、神の御霊を乗せた神輿が氏子地域を巡る「神幸(しんこう)」が行われます 。また、神前に供えられる神饌(しんせん)には、「コマノツメ」と呼ばれるゴボウと里芋の煮物など、この土地ならではの食文化が色濃く反映されています 。   

さらに、祭りの運営を氏子たちが輪番制で担う「当屋制(とうやせい)」が今も受け継がれており、祭りの後には、翌年の担当組へ役目を引き継ぐ「当屋渡し」の儀式が執り行われます 。これらの伝統は、大石見神社の信仰が、地域社会と分かちがたく結びついていることの証です。   

大石見神社へのアクセス

公共交通機関をご利用の場合

  • JR伯備線「上石見駅」で下車。駅から東へ徒歩約10分です 。

お車をご利用の場合

  • 最寄りのインターチェンジは米子自動車道「江府IC」です。江府ICから国道181号線を経由し、約30分で到着します。

【大石見神社 基本情報】

  • 所在地: 鳥取県日野郡日南町上石見819
  • Googleマップ:(大岩見神社)
  • お問い合わせ: 日南町観光協会(一般社団法人 山里Loadにちなん)

もっと神話の世界へ 古事記を知るための一冊

大石見神社の物語の背景にある『古事記』。この機会に、その壮大な世界に触れてみてはいかがでしょうか。初心者でも楽しめる、おすすめの書籍をいくつかご紹介します。

  • マンガで気軽に楽しむ
    • 『マンガ 面白いほどよくわかる! 古事記』(かみゆ歴史編集部/西東社)
      • 神々のキャラクターが生き生きと描かれ、複雑な神話もスラスラと頭に入ってきます。最初の一冊に最適です。
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  • 現代語訳でじっくり味わう
    • 『口語訳古事記 [完全版]』(三浦 佑之/文藝春秋)
      • まるで語り部が話しているかのような、リズミカルで読みやすい口語訳が特徴。物語として古事記を楽しみたい方におすすめの決定版です。
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    • 『現代語訳 古事記』(福永 武彦/河出文庫)
      • 格調高く美しい文章で、神話の荘厳な世界観に浸ることができます。長年読み継がれてきた定番の一冊です。
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