【守屋神社奥宮】なぜ祠は鉄格子の中?守屋神社奥宮に隠された「神への反逆」と古代史ミステリー

長野県

長野県にそびえる守屋山。その山頂からの絶景を求めて多くの登山者が訪れますが、東峰の山頂で彼らを待っているのは、壮大なパノラマとは対照的な、ある種の「違和感」を覚える光景です 。そこに鎮座する守屋神社の奥宮。小さな石の祠が、なぜか物々しい鉄格子で厳重に囲われているのです。  

人里離れた山頂で、この鉄柵はいったい何から祠を守っているのでしょうか?盗難?それとも動物のいたずら?

その理由はもっと深く、私たちの想像をはるかに超えるものでした。この鉄柵は、この地に根付く信仰のあり方、そして「神と人との壮絶な対話」の歴史を物語るものでした。

神への「嫌がらせ」?鉄柵が封印した過激な雨乞い儀礼

守屋神社奥宮の祠が鉄柵で囲われている直接的な理由。それは、この地で古くから行われてきた、あまりにも過激な「雨乞い」の儀式を防ぐためでした 。  

日照りが続き、作物が枯れ、村が飢饉の危機に瀕したとき、人々は守屋山に登り、雨を乞いました 。しかし、ただ祈るだけではありません。もし祈りが届かなければ、儀式は驚くべき段階へとエスカレートしたのです。  

村人たちは、神様の怒りを故意に買うため、祠に小便をかけるなどの冒涜行為に及びました。そして最終手段として、なんと石の祠そのものを谷底へ突き落としたというのです 。  

これは、神を激怒させることで、その怒りが雷鳴と豪雨となってこの地に降り注ぐことを期待した、「敵対的崇拝」とも呼べる儀礼でした 。神の慈悲にすがるのではなく、神を挑発し、その力を無理やり引きずり出そうとしたのです。  

この過激な儀礼は、当時の人々にとって、干ばつという絶望的な状況を打破するための、文字通り最後の切り札でした。鉄柵は、この切実な信仰の記憶を封印すると同時に、その存在によって、かつてここで行われた神と人との壮絶な駆け引きの物語を、静かに後世に伝えているのです。

日本各地に残る「神を怒らせる」儀式

守屋山の雨乞いが特別に野蛮なものだった、というわけではありません。実は、「聖なるものを汚したり、困らせたりして自然をコントロールしようとする」という考え方は、日本各地の雨乞い儀礼に見られる共通の論理なのです。

  • 聖なる場の汚染: 聖なる池や淵に牛馬の骨や糞といった不浄なものを投げ込み、水神や龍神を怒らせて雨を降らせようとする儀礼は広く見られます 。神が自らの住処を浄化するために大雨を降らせる、という理屈です。浜松市では馬の頭部を「水神の淵」に投げ込んだ記録も残っています 。  
  • 聖物の陵辱: 地蔵や神像を川に投げ込んだり、縄で縛ったりする行為も、神仏を人質にとって雨を強要する、という直接的な手法でした 。  
  • 攪乱による類感呪術: 山頂で大量の薪を燃やす「千把焚き」は、立ち上る煙が雨雲を呼ぶという期待に加え、山火事を恐れた山の神が火を消すために雨を降らせる、という脅迫的な意味合いも含まれていました 。  

これらの儀礼は、穏やかな自然の恵みを享受するだけではない、厳しく、そして実利的な自然観に基づいています。守屋山の儀礼は、この日本古来の信仰の形が、特にダイレクトに現れた一例と言えるでしょう 。  

二人の「モリヤ」 物部守屋と守矢氏、歴史と伝説の交差点

守屋神社の謎をさらに深くしているのが、祭神である「物部守屋」と、諏訪大社の神官一族「守矢氏」という、二つの「モリヤ」の存在です。

物部守屋とは?

物部守屋は、6世紀の飛鳥時代に活躍した大和朝廷の大連(おおむらじ)です 。仏教の受け入れを巡って崇仏派の蘇我氏と対立し、日本の神々を祀る伝統(神祇信仰)を守ろうとしましたが、587年の丁未の乱で聖徳太子と蘇我馬子の連合軍に敗れ、滅ぼされました 。守屋神社は、この戦いに敗れた物部氏の一族がこの地に逃れ、創建したと伝えられています 。  

守矢氏とは?

一方、守矢氏は、諏訪大社上社の最高神官である「神長官(じんちょうかん)」を代々世襲してきた一族です 。そのルーツは非常に古く、諏訪に古来から祀られていた土着の神・洩矢神(もりやのかみ)の子孫とされています 。  

融合する伝説

この二つの「モリヤ」を結びつけるのが、この地に伝わる壮大な伝説です。丁未の乱で敗れた物部守屋の次男・武麿が諏訪に逃れ、神長官・守矢氏の養子になったというのです 。これにより、中央の軍事氏族・物部氏と、諏訪の古来の祭司一族・守矢氏の血脈が一つになったとされています。  

この物語が歴史的事実かは定かではありませんが 、中央の敗者と土着の権威が結びつくことで、守屋神社の神聖性が高められ、この地のアイデンティティが形成されていったことは間違いないでしょう。  

特徴物部守屋(もののべのもりや)諏訪の守矢氏(もりやし) / 洩矢神(もりやのかみ)
時代飛鳥時代(6世紀)古代、大和朝廷以前から明治時代まで
地理的中心大和(奈良地方)、河内(大阪地方)諏訪地方(長野県)
役割大連(おおむらじ)、物部氏の軍事指導者諏訪大社上社の世襲神官・神長官(じんちょうかん)
宗教的立場排仏派、伝統的な神祇信仰の擁護者ミシャグジ神など諏訪古来の信仰の祭司
関係性伝説上の関係。守屋神社の創始者とされ、その息子が守矢氏の養子になったと伝わる。諏訪の土着の氏族。その名前が物部守屋と類似することから、習合的な伝説や学術的議論が生まれた。

守屋山は諏訪大社の御神体ではない?

一般的に、守屋山は諏訪大社上社の御神体である、と紹介されることが多いですが 、実は諏訪大社の公式な文献にその記述は見当たりません 。諏訪大社が公式に御神体と見なしているのは、本宮の背後にある「宮山」と呼ばれる山です 。  

この事実は、諏訪大社の公式な信仰とは別に、民衆レベルでの強力な信仰圏が守屋山を中心に形成されていたことを示唆しています。過激な雨乞い儀礼も、この民衆的な山岳信仰の中で育まれたものなのです。

鉄柵は歴史の語り部

守屋神社奥宮の鉄柵は、単なる破壊防止の設備ではありません。それは、神を畏れるだけでなく、時には挑発し、自然の力をコントロールしようとした、先人たちの切実な営みを伝えるものでした。

「なぜ、こんな場所に鉄柵が?」

その問いこそが、私たちを日本の信仰の奥深く、そして古代史のミステリーへと誘う扉なのです。守屋山を訪れる機会があれば、ぜひこの鉄柵の前で立ち止まり、その向こうに広がる壮大な物語に思いを馳せてみてください。


守屋神社へのアクセスガイド

守屋神社奥宮へは登山が必要です。里宮への参拝と合わせて、いくつかの登山コースがあります。ご自身のレベルに合ったコースをお選びください。

車でのアクセス

中央自動車道「諏訪IC」から各登山口へ向かうのが便利です 。  

  • 杖突峠(つえつきとうげ)登山口駐車場
    • 最も一般的で広い駐車場です 。諏訪ICから国道152号を高遠方面へ約20分 。  
    • 駐車台数: 約40台  
    • 料金: 無料  
    • トイレ: 登山口から少し登った「分杭平」にあります 。  
    • Googleマップ
  • 立石(たていし)コース駐車場
    • 杖突峠から伊那市側へ少し下った場所にあります 。  
    • 駐車台数: 約10台  
    • 料金: 無料    
  • 守屋神社(里宮)
    • 国道152号線沿いにあります。登山コースの起点の一つです 。  
    • 駐車台数: 国道沿いに数台分のスペースあり 。バス転回場所への駐車はご遠慮ください。  
    • トイレ: なし 。
    • Googleマップ 

公共交通機関でのアクセス

JR中央本線「茅野駅」が起点となります。

  • バス
    • 茅野駅から高遠行きのJRバスが運行されていますが、7月下旬~9月下旬の土日祝日のみの季節運行なのでご注意ください 。  
    • 「守屋登山口」バス停で下車します 。  
    • 本数が非常に少ないため、事前に時刻表を必ずご確認ください 。  
  • タクシー
    • 茅野駅から杖突峠登山口まで約20分です 。  

もっと深く知りたいあなたへ 参考文献ガイド

この記事で触れた諏訪の歴史や信仰について、さらに探求したい方におすすめの書籍をご紹介します。

  • 『諏訪の神さまが気になるの 古文書でひもとく諏訪信仰のはるかな旅』 北沢 房子 (著)
    • 古文書ビギナーの著者が、専門家に教えを請いながら諏訪信仰の謎に迫る、非常に読みやすい入門書です。諏訪大社や御柱祭、ミシャグジ神についても分かりやすく解説されています 。  
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  • 『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』 古部族研究会 (編)
    • 諏訪の古代信仰「ミシャグジ」について深く掘り下げた、研究の基礎となる一冊。少々専門的ですが、諏訪信仰の古層に触れたい方には必読の書です 。  
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  • 『諏訪の神 封印された縄文の血祭り』 戸矢 学 (著)
    • 「諏訪」「御柱」「モレヤ神」「ミシャグジ」「縄文」の5つのキーワードから、諏訪信仰の謎に迫ります。血祭りのような過激な神事の背景にある、縄文時代からの信仰の連続性を考察しており、知的好奇心を刺激される一冊です 。  
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  • 『物部氏 剣神奉斎の軍事大族』 宝賀 寿男 (著)
    • 守屋神社の祭神である物部氏について、その起源から動向までを詳細に解説した研究書。古代史、特に氏族の研究に興味がある方におすすめです 。  
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