【富知六所浅間神社】かぐや姫信仰とドラえもんが共存する富士の古社

静岡県
この記事は約5分で読めます。

静岡県富士市。富士山の南麓に、地元の人々から「三日市場(みっかいちば)のお浅間さん」と親しまれる古社が鎮座しています。

その名は「富知六所浅間神社(ふじろくしょせんげんじんじゃ)」。

一見すると、地域に根差したのどかな神社ですが、一歩境内に入り、その由緒を紐解くと、そこには一般的な「浅間神社」の枠には収まらない、極めて複雑で、深淵な歴史の地層が露頭しています。

  • 富士山祭神の「パラダイムシフト(カグヤヒメからサクヤヒメへ)」
  • 大和王権の東国進出における「戦略的拠点」としての記憶
  • そして、境内に佇む「苔むしたドラえもん」が示す現代の民間信仰

今回は、数千年の時空を超えて信仰が堆積する、この神社のミステリーに迫ります。


なぜサクヤヒメが主役ではないのか?

まず注目すべきは、その社名にある「六所(ろくしょ)」という言葉と、特異な祭神構成です。

通常、浅間神社といえば、富士山の女神である木花之佐久夜毘売命(コノハナサクヤヒメノミコト)が主祭神です。しかし、当神社の主座に鎮座するのは、彼女ではありません。

富士山以前の「山」と「水」への畏怖

ここの主祭神は、サクヤヒメの父神である大山祇命(オオヤマツミノミコト)です。

そして、その脇にサクヤヒメを含む五柱の神々を配祀することで「六所」としています。

構成神名性格
主祭神大山祇命全ての山の総元締、自然そのもの
配祀神木花之佐久夜毘売命富士山の神
配祀神深淵之水夜礼花神水の神(深い淵、湧水)
配祀神高龗神龍神、雨を司る神
配祀神阿波乃咩神・大山咋神農耕・産業の神

このラインナップから読み取れるのは、「富士山という単独峰への信仰が確立する以前の、より原初的な自然崇拝」の姿です。

特に、強力な水神(深淵之水夜礼花神・高龗神)が2柱も含まれている点は重要です。富士山麓は湧水に恵まれる反面、水害の脅威とも隣り合わせでした。「山の神」と「水の神」をセットで祀る形態は、ここで生きる人々にとっての、切実な生存のためのシステムだったと言えるでしょう。


封印された女神「かぐや姫」と中世の記憶

最大のトピックは、かつてこの地で「かぐや姫」が信仰されていたという事実です。

私たちは『竹取物語』の結末を「姫は月へ帰った」と認識していますが、富士山麓に残る古い伝承(『富士山縁起』など)では全く異なる結末が語られています。

「帝の求婚を拒んだ赫夜姫(かぐや姫)は、月へは帰らず、富士山へ登り、山頂の大巌の中で浅間大神となった」

習合された「大日如来=カグヤヒメ」

中世から江戸時代初期にかけて、神仏習合の思想下では、「富士山の神=浅間大菩薩=かぐや姫(大日如来の垂迹)」という図式が成立していました。

つまり、かぐや姫は物語のヒロインである以上に、「信仰対象(神)」だったのです。

富知六所浅間神社の周辺は、この「かぐや姫伝説」の聖地ネットワークの中心地でした。

  • 比奈(ひな)地区:古くは「姫名郷」と呼ばれた。
  • 竹採塚(たけとりづか):かぐや姫誕育の地とされる。
  • 寒竹浅間神社:竹取の翁と媼の屋敷跡。

江戸時代以降、国学の発展とともに祭神は記紀神話の「コノハナサクヤヒメ」へと統一されていきましたが、この神社の深層には、今も「月の姫」の霊性が眠っているのです。


四道将軍・建沼河別命と「東国の玄関口」

視点をさらに古代、国家形成期へと移しましょう。

社伝によれば、第10代崇神天皇の御代、四道将軍(しどうしょうぐん)の一人、建沼河別命(タケヌナカワワケノミコト)が東国へ派遣された際、当神社に「勅幣(天皇からの捧げ物)」を奉ったとされています。

なぜ、この場所だったのか?

地図を見ればその理由は明白です。

富士川を渡り、足柄峠や箱根を越えて関東平野へ入るためのルート上において、富士山南麓のこの地は「東国への玄関口」であり、軍事・交通の要衝でした。

大和王権の将軍がここで祈りを捧げたという事実は、この神社が単なる地方の産土神ではなく、「国家鎮護」「東国経営」の精神的支柱として機能していたことを示唆しています。古代の官道を行く兵士たちも、ここで巨大なクスノキを見上げ、武運を祈ったのかもしれません。


樹齢1200年の大クスと「ドラえもん」

重厚な歴史ロマンに浸りながら境内を歩くと、突如として現代的な「異物」に遭遇します。

拝殿の右手、静岡県の天然記念物にも指定されている推定樹齢1200年の「大クス」。幹がV字に分かれ、圧倒的な生命力を放つこの御神木の足元近くに、彼らはいます。

苔むした「ドラえもん」や「ピカチュウ」の石像たちです。

ポップカルチャーの「道祖神」化

一見、神聖な空間には不釣り合いに思えるかもしれません。しかし、これらは神社側が設置したものではなく、「参拝に来る子供たちが喜ぶように」という崇敬者の善意で寄付されたものです。

  • 風雨にさらされ、石の質感が露わになったドラえもん
  • もはや自然石と同化しつつあるピカチュウ
  • 「3D化不可能」と言われる髪型を強引に石像化したスネ夫

これらを民俗学的視点で見ると、子供を守る「道祖神」や「わらべ地蔵」の現代的変容(見立て)と捉えることもできます。

「子供の笑顔を守る」という機能において、彼らは立派に神使の役割を果たしているのです。古代の巨樹信仰と、20世紀のポップアイコンが同居する風景。これこそ、日本の神道の「懐の深さ」そのものではないでしょうか。


参拝ガイド

富知六所浅間神社は、単なるパワースポットではありません。

そこは、

「大山祇命(自然崇拝)」→「かぐや姫(中世神仏習合)」→「サクヤヒメ(制度化された神道)」→「ドラえもん(現代の民間信仰)」

という、日本の信仰史が地層のように積み重なった稀有な空間です。

御朱印も非常にアーティスティックで、切り絵御朱印や、季節限定のデザイン(七夕風鈴祭りなど)が人気を集めています。歴史ファンの方は、ぜひ社務所で神職の方に昔の話を伺ってみるのも良いでしょう。

【基本情報】

  • 名称: 富知六所浅間神社(ふじろくしょせんげんじんじゃ)
  • 住所: 静岡県富士市浅間本町5-1
  • グーグルマップの位置情報
  • アクセス:
    • 岳南電車「吉原本町駅」より徒歩約20分(旧東海道の面影残る商店街を抜けるルートです)
    • JR富士駅よりバス「吉原4丁目」下車、徒歩7分
  • 駐車場: 無料駐車場あり(約70台)
    • ※例祭(5月3日)や初詣期間は大混雑するため、周辺の「吉原商店街」近くのコインパーキング利用を推奨。

コメント

タイトルとURLをコピーしました