愛媛県西条市。西日本最高峰の霊峰・石鎚山の麓に、古代より「伊予国第一の大社」として崇敬を集める伊曽乃神社(いそのじんじゃ)が鎮座しています。
毎年10月の「西条まつり」では、80台もの屋台(だんじり)が宮入りする熱狂の舞台として知られていますが、実はこの神社、「切ない恋の神話」と「勇壮な国づくりの歴史」という、全く異なる二つの顔を持っていることをご存じでしょうか?
今回は、境内に残る伝説の石と、古代史の謎を解く皇子の足跡を辿りながら、伊曽乃神社の深遠なる世界へご案内します。
石鎚の神が投げた「愛の証」
伊曽乃神社の象徴的な風景の一つ、一の鳥居の脇に鎮座する「石鎚の神の投げ石」。この石には、神代のロマンチックかつ少し切ない物語が秘められています。

霊峰と里宮の悲恋
古くからの伝承によれば、伊曽乃神社の女神と、背後にそびえる石鎚山の男神は、かつて恋仲(あるいは夫婦)であったといいます。 ある時、男神が厳しい修行のために山頂へ向かおうとしました。伊曽乃の女神は「おそばにお仕えしたい」と同行を願いましたが、石鎚山は女人禁制の厳しい修験の場。男神はその願いを受け入れることができませんでした。
そこで男神は、山頂から3つの石を投げ、こう告げます。 「真ん中の石が落ちた場所で、私の帰りを待っていておくれ」
その石が落ちた場所こそが、現在の伊曽乃神社の鎮座地であると伝えられています。この「投げ石」は、遠く離れた山頂の神威と里をつなぐ磐座(いわくら)であり、二人の神の永遠の絆の証なのです。
参道の「直角」ミステリー
境内を歩くと、不思議なことに気づきます。参道を進むと社殿の「横顔」に行き当たり、そこで直角に曲がって初めて正面に立つ構造になっているのです。 これは、東(太陽の昇る方角)を向くという祭祀上の理由に加え、「山(石鎚)」と「里」の微妙な距離感や、結界としての意味合いが含まれているのかもしれません。
国を開いた皇子・武國凝別命の正体
神話のロマンに浸った後は、もう一つの顔、「歴史の真実」に迫りましょう。 伊曽乃神社が「伊予国第一」とされる所以は、祀られている神様の「血筋」と「役割」にあります。

英雄・ヤマトタケルの兄弟
当社の主祭神の一柱、武國凝別命(たけくにこりわけのみこと)。 あまり聞き慣れないお名前かもしれませんが、彼は第12代景行天皇の皇子であり、あの伝説の英雄・日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の兄弟にあたる人物です。
ヤマトタケルが武力で東国を平定したのに対し、武國凝別命は伊予の地に封じられ、国土開発の大任を背負った「統治と開拓のリーダー」でした。彼の子孫は「伊予三村別(いよみむらわけ)」氏、後の「新居(にい)」氏として繁栄し、この地方の支配層を形成しました。
なぜ「荒魂」なのか?
伊曽乃神社では、皇室の祖神である天照大神も祀られていますが、あえて「荒魂(あらみたま)」として祀られています。 「荒魂」とは、神の活動的で荒々しい側面。未開の原野であった伊予を切り拓くには、穏やかな守護だけでなく、現状を打破する強力なエネルギーが必要だったのでしょう。 「皇祖神の荒魂」と「開拓の皇子」。この二柱の結合こそが、伊曽乃神社の強大なパワーの源泉なのです。
国宝級の証拠『与州新居系図』
この歴史が単なる伝説ではない証拠が、当社の宝物館に眠っています。国指定重要文化財『与州新居系図』です。 鎌倉時代に書写されたこの系図には、武國凝別命から始まる一族の系譜が克明に記されており、古代の皇子が確かにこの地に根を下ろしたことを証明する第一級史料となっています。
神話と歴史が交差するフィナーレ「川入り」
神話の「待つ女神」と、歴史の「開拓する皇子」。この二つのエネルギーが爆発するのが、毎年10月15日・16日に行われる例大祭「西条まつり」のフィナーレ、「川入り」です。
加茂川の河川敷において、祭りを終えて帰ろうとする神輿(神様)を、氏子たちがだんじりごと川に入って取り囲みます。 「神様をまだ帰したくない」と名残を惜しむその姿は、石鎚山へ去ろうとする男神を引き留めようとした女神の姿とも重なり、また、自分たちの土地を拓いた偉大な祖先神への敬愛の表現とも受け取れます。
水しぶきと提灯の灯りが揺れる幻想的な光景は、数千年の時を超えて、この地の神話と歴史が「生きた文化」として息づいていることを教えてくれます。
時を超える旅へ
伊曽乃神社は、単なるパワースポットではありません。 そこは、石鎚山という大自然への畏敬(神話)と、国づくりに命を懸けた人々の足跡(歴史)が、美しく織り重なった場所です。
参拝の際は、ぜひ「投げ石」の前で神代の恋に想いを馳せ、拝殿の前で開拓の皇子に手を合わせてみてください。きっと、他では味わえない深い歴史の感動があなたを待っています。
伊曽乃神社(いそのじんじゃ)基本情報

- 住所: 愛媛県西条市中野1649番地
- グーグルマップの位置情報
- アクセス:
- 車: 松山自動車道「いよ西条IC」より約15分(無料駐車場あり)
- 電車: JR予讃線「伊予西条駅」よりタクシーで約10分、またはせとうちバス「伊曽乃」下車徒歩約15分

コメント