香川県木田郡三木町。とてものどかなこの讃岐の穀倉地帯に、「鰐(わに)」の名を冠する不思議な神社があることをご存知でしょうか。
その名は「鰐河神社(わにかわじんじゃ)」。
平安時代の『延喜式神名帳』にもその名が見える古社ですが、ここには『古事記』や『日本書紀』とは一味違う、地域独自のユニークな神話が息づいています。
- 海から「鰐」に乗って川を遡ってきた女神
- 奈良時代の名僧・行基による治水と創建の伝承
- 大人50人がかりで動かす、規格外の「大獅子」
今回は、古代の治水技術や民俗信仰が交差するこの地で、千年以上の時を超えて語り継がれる「水神と大獅子の物語」を紐解いていきます。
海神の娘はなぜ川を遡ったのか?
「鰐」に乗ってやってきた豊玉姫命

鰐河神社の主祭神は、海神(ワタツミ)の娘である豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)です。 通常、豊玉姫といえば海の女神としてのイメージが強いですが、この神社に伝わる由緒は非常にダイナミックです。
- 上陸と出産: 姫はまず亀に乗って高松の「潟元(現在の屋島付近)」に上陸し、そこで御子(ウガヤフキアエズ)を出産。
- 川の遡上: その後、なんと「鰐(ワニ)」に乗り換えて川を遡り、現在の鎮座地(下高岡)に辿り着いたといいます。
この伝承から、姫が遡った川は「鰐川(現在の新川)」と呼ばれ、社名も「鰐河神社」となりました。拝殿には、実際に「鰐に乗った姫」を描いた絵馬が奉納されており、この地が海洋民の文化と内陸の農耕文化が交わる最前線であったことを物語っています。
「鰐」の正体とは?
日本神話における「鰐」はサメ(和邇)を指す説が有力ですが、ここでは「川を遡る強力な乗り物」として描かれています。 これは、氾濫を繰り返す「暴れ川」そのものを「のたうつ鰐(あるいは龍)」に見立て、それを鎮める(乗りこなす)水神としての性格を表しているのかもしれません。
行基の治水と八幡信仰
行基による創建と治水

社伝によれば、創建に関わったのは奈良時代の僧・行基(ぎょうき)とされています。 行基といえば、讃岐の治水事業に多大な功績を残した人物です。彼がこの地に関わったという伝承は、鰐河神社が単なる信仰の場ではなく、地域の水利・灌漑をコントロールする重要な拠点(水神)であったことを強く示唆しています。
鎌倉時代の「異国退治」祈祷
時代が下り、平安時代には延喜式内社としての地位を確立。さらに鎌倉時代の弘安4年(1281年)には、元寇(モンゴル襲来)に際して異賊退治の祈祷が行われました。 この頃には武運の神である「八幡神」が配祀され、「高岡八幡」として武家や地域社会からの篤い崇敬を集めるようになります。
かつては境内に神宮寺である「応神寺」があり、そこにあった脱活乾漆聖観音坐像(現在は国重要文化財として願興寺に所蔵)の存在からも、かつての繁栄ぶりがうかがえます。
三木町指定文化財 圧巻の「大獅子」
鰐河神社を訪れるなら、絶対に知っておきたいのが「大獅子(おおじし)」の存在です。 香川県は「獅子舞王国」として知られていますが、ここの獅子はスケールが違います。
常識破りのスペック
三木町の「三頭の大獅子」の一つに数えられるこの獅子、その大きさは圧巻です。
- 全長: 約13メートル(頭から尾まで)
- 油単(胴体): 長さ12m × 幅5.4m
- 獅子頭の重量: 約45kg
- 操作人数: 約50人
特筆すべきは、その構造に地元の知恵が詰まっていること。巨大な胴体を膨らませる竹の輪には、かつて地場産業だった醤油樽のタガが流用されています。
勇壮な「練り」
例大祭(10月第1日曜日)では、この巨大生物が道幅いっぱいに広がり、うねるように進む「練り」が披露されます。50人が呼吸を合わせて巨大な獅子を操る姿は、まさに「百獣の王」の貫禄。この伝統を守り続ける地域コミュニティの結束力には感動すら覚えます。
もう一つの「和爾賀波神社」との関係
実は三木町には、同じ「和爾賀波神社」の論社とされる神社がもう一社、井戸地区に存在します。
- 下高岡の鰐河神社(当社): 新川(鰐川)沿いに鎮座。行基伝承や八幡信仰、大獅子が特徴。
- 井戸の和爾賀波神社: 鴨部川沿いに鎮座。「鰐石」などの磐座信仰が残る。
「どちらが本物か?」という議論よりも、「新川」と「鴨部川」という二つの重要河川のそれぞれに水神が祀られ、地域全体で水を治めようとしてきた歴史こそが重要と言えるでしょう。お時間のある方は、両社を巡って地形と信仰の関係を考察してみるのも歴史旅の醍醐味です。
基本情報・アクセス

- 名称: 鰐河神社(わにかわじんじゃ)
- 住所: 〒761-0704 香川県木田郡三木町大字下高岡1843番地
- 主祭神: 豊玉姫命、応神天皇
- 主なご利益: 安産祈願、水難除け、厄除け、武運長久
- 例祭日: 10月第1日曜日(大獅子の奉納あり)
アクセス方法
- 公共交通機関: 高松琴平電気鉄道(琴電)長尾線「白山駅」より徒歩約20分。
- お車: 県道13号線沿い。境内の西側に参拝者用駐車場(無料・約30台)があります。
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