【田村神社】倭迹迹日百襲姫命と底なしの井戸に棲む龍神伝説

香川県
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香川県高松市一宮町。その地名が示す通り、ここには古代より讃岐国(現在の香川県)の最高位の神社として崇敬を集めてきた「田村神社」が鎮座しています。 一見すると、広大で美しく整備された社殿を持つ格式高い神社ですが、その深奥には、決して覗いてはならないとされる「底なしの深淵」と、そこに棲まう龍神の伝説が息づいています。

今回は、古代の水神信仰を基層に持ち、皇室の伝説や武神の伝承が複雑に絡み合う「田村神社」の歴史と謎について、深く掘り下げてご紹介します。


創祀の謎と「定水井(さだみずのゐ)」の龍神信仰

田村神社の歴史を語る上で欠かせないのが、社殿創建以前から続く原始的な信仰の姿です。

決して覗いてはならない「底なしの井戸」

社伝によれば、和銅二年(709年)に社殿が創建される以前、人々はある特別な場所で祭祀を行っていました。それが現在も本殿の奥殿、神座の真下に位置するとされる「定水井(さだみずのゐ)」です。 この井戸は「底なしの深淵」と呼ばれ、真夏でも冷気が漂い、誰もその深さを知ることはできないと伝えられています。そして、ここには古くから厳格なタブーが存在しました。「決して中を覗いてはならない」という掟です。

井戸に棲む龍神の伝承

なぜ覗いてはならないのか。それは、この深淵に強大な「龍神(水神)」が棲んでいると信じられてきたからです。 古典『三代物語』には、神殿が深淵の上に建てられ、そこには四〜五尺(約1.5メートル)の烏蛇、俗に言う「神龍」が住んでいるという記述が残されています。讃岐平野は古くから水不足に悩まされる地域。枯れることのない豊富な伏流水が湧き出るこの地は、まさに生命の源であり、人々はその圧倒的な自然の力を「龍」として畏怖し、祀ったのです。

田村神社の社殿が、この井戸の上に蓋をするように建てられているという構造自体が、強大すぎる自然霊(龍神)を「鎮め」、その力を人々のための「定水(安定した水)」として制御しようとした古代人の意志を表していると言えるでしょう。


「田村大神」とは誰か? 複雑に絡み合う三つの神格

現在、田村神社で祀られている「田村大神」は五柱の神々の総称ですが、その成立過程には、歴史的な政治背景が見え隠れします。

皇祖神としての顔:倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)

現在の主祭神である百襲姫命は、第7代孝霊天皇の皇女。一説には邪馬台国の卑弥呼あるいはその後継者・台与(トヨ)ではないかとも囁かれる伝説的な巫女です。 彼女は疫病を鎮め、災いを予知した救国の英雄として祀られています。本来の「水神」信仰に加え、大和朝廷の権威と結びつくことで、田村神社は「国家鎮護」「疫病平癒」という強力な神徳を持つ神社へと進化しました。

武神としての顔:坂上田村麻呂公

「田村」という社名から連想されるのが、平安時代の征夷大将軍・坂上田村麻呂です。 興味深いことに、弘仁三年(812年)に嵯峨天皇の勅命で田村麻呂公が合祀されたという伝承が残っています。実際に、夏に行われる「万灯祭」は田村麻呂公の慰霊と顕彰が起源とされています。 これは、中世において「国家を守る武神」としての機能が神社に求められた結果、武門の英雄である田村麻呂の信仰が習合されたものと考えられます。

地主神としての顔:定水大明神

そして忘れてはならないのが、創祀以来の地主神「定水大明神」です。表向きは皇祖神や武神の名で呼ばれても、地域の人々にとっての根本は、生命を繋ぐ「水」の神様なのです。


歴史を物語る文化財と信仰の変遷

田村神社は、時の権力者たちからも厚い保護と統制を受けてきました。

讃岐守護・細川勝元の「壁書」

室町時代、讃岐守護であった細川勝元が定めた「壁書(かべがき)」が高松市の指定有形文化財として残されています。神官や僧侶たちが守るべき26箇条の規則が記されたこの板は、当時、神社が武家権力の管理下で、神仏習合の巨大な宗教組織として機能していたことを生々しく伝えています。

高松藩による「神仏分離」

江戸時代に入ると、高松藩主・松平頼常(水戸黄門こと徳川光圀の子)によって、厳しい「神仏分離」が断行されます。これにより、田村神社は仏教色を排し、現在の「唯一神道」の形式へと生まれ変わりました。現在の社殿や祭祀形式には、この近世の改革の影響が色濃く残っています。


境内散策 神話と現世利益のテーマパーク

現在の田村神社の境内は、古代の厳かさと、現代的な信仰の楽しさが同居する不思議な空間です。

  • 北参道の四神: 鐘楼の柱には青龍・白虎・朱雀・玄武の彫刻が施され、方位除けの結界となっています。
  • 宇都伎社と金龍: 境内末社の宇都伎社には、金運の象徴である「金龍」が祀られています。龍神信仰が現代風の「金運」へと形を変え、多くの参拝者を集めています。
  • はらみ石と淡島社: 子宝・安産を願う女性の信仰を集めるスポット。
  • 海軍少年飛行隊の碑: 近代の歴史を刻む、鎮魂のモニュメント。「若鷲の群像」が平和への祈りを伝えています。

アクセス・参拝情報

田村神社は高松市街地からのアクセスも良く、うどん県香川の観光ルートにも組み込みやすい立地です。

  • 名称: 讃岐国一宮 田村神社
  • 住所: 〒761-8084 香川県高松市一宮町字宮東286番地
  • グーグルマップの位置情報
  • 拝観時間: 境内自由(授与所対応時間は要確認)

交通アクセス

  • お車でお越しの場合:
    • 高松自動車道「高松檀紙IC」から約10分。
    • 高松自動車道「高松中央IC」から約15分。
    • 駐車場: あり(無料)。広めの駐車場が完備されていますが、祭礼時は混雑します。
  • 公共交通機関でお越しの場合:
    • 電車: 高松琴平電気鉄道(琴電)琴平線「一宮駅」下車、徒歩約10分。
    • バス: ことでんバス「一宮」バス停下車、徒歩数分。
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