【多度大社別宮・一目連神社】扉なき社殿と「片目の龍神」伝説を歩く

三重県
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三重県桑名市。「お伊勢参らばお多度もかけよ」と謡われた古社・多度大社の境内に、本宮をも凌ぐ強烈な霊気を放つ別宮があることをご存知でしょうか。

その名は「一目連神社(いちもくれんじんじゃ)」。

社殿には神を隠すはずの「扉」がなく、その神は「片目の龍」の姿で天空を駆け巡ると伝わります。なぜ神は片目なのか? なぜ扉がないのか?

その謎を紐解くと、古代の製鉄技術が生んだ「火と風の記憶」と、自然の猛威に対する人々の畏怖が見えてきました。

今回は、北伊勢に鎮座する異形の風神、一目連神社の深層に迫ります。


多度大社の「動」を担う別宮

多度大社は、多度山を神体山として仰ぐ、北伊勢の総鎮守です。

本宮に祀られているのは「天津彦根命(あまつひこねのみこと)」。山からの恵みや水を司る、静的で威厳ある父神です。

対して、その御子神である「天目一箇命(あめのまひとつのみこと)」を祀るのが、今回紹介する別宮・一目連神社です。

父神が「静」ならば、御子神は「動」。

この神は、気象(風雨)を操り、金属加工(製鉄)の産業を守護する、神様です。古くから伊勢湾の航海安全や、金属に関わる職人たちの崇敬を一手に集めてきました。


なぜ「片目」なのか? 製鉄と風の民俗学

一目連神社の祭神「天目一箇命」の最大の特徴は、その名の通り「目が一つ(片目)」であることです。これは単なる神話的な特徴ではなく、古代の製鉄現場のリアリティを反映していると言われています。

職業病としての「隻眼」

古代の鍛冶師やたたら製鉄の職人たちは、炉の中の溶けた鉄の色や温度を見極める際、常に片目をつむって強烈な光を凝視していました。また、炉から飛び散る火花や熱で実際に片目の視力を失うことも少なくありませんでした。

この「片目の職人の姿」が神格化され、「天目一箇命」の図像となったと考えられています。

鞴(ふいご)の風から、台風へ

では、なぜ製鉄の神が「風の神」になるのでしょうか?

ここに、古代人の鋭い感性があります。鉄を作るために最も重要なのは、高温を維持するための「送風」です。鞴(ふいご)から送り出される強力な風こそが、鉄を生み出す生命線でした。

  • ミクロの風: 鉄を生む鞴(ふいご)の風
  • マクロの風: 天地を揺るがす台風

古代の人々は、この二つの風を同一のエネルギーとして捉えました。鞴の風を支配する神は、当然ながら自然界の暴風をも支配する。こうして、製鉄の神は、嵐を呼ぶ(あるいは鎮める)強力な風神として信仰されるようになったのです。


曲亭馬琴が見た「扉なき社殿」の怪異

江戸時代の文人・曲亭馬琴(『南総里見八犬伝』の作者)は、旅の記録『羇旅漫録(きりょまんろく)』の中で、この一目連神社について興味深い記述を残しています。

「宮殿に扉はなく、翠簾(みす)のみで、神体は太刀一振と幣(ぬさ)だけである」

現在も一目連神社の本殿には、物理的な「御扉(みとびら)」がありません。これには深い神学的な意味が込められていると推測されます。

  1. 風の自由な往来: 風の神にとって、扉は障害物でしかありません。神は風となっていつでも社殿を出入りし、天空を駆け巡る必要があるのです。
  2. 救済の即時性: 扉がないことは、海難や暴風雨で助けを求める人々の元へ、神が「直ちに」駆けつける準備ができていることを示しています。

馬琴はまた、「俺の居る所はここじゃあない」と神が語り、山奥の池へ帰ろうとした伝承も記録しています。一目連は、神社の社殿にじっとしている存在ではなく、山と里、天と地を自在に行き来する「龍神」としての性格も色濃く残しているのです。


紀伊國屋文左衛門を救った「鞴(ふいご)祭り」

一目連神社の霊験を語る上で欠かせないのが、毎年11月8日に行われる「鞴(ふいご)祭り」です。

伝説によれば、江戸時代の豪商・紀伊國屋文左衛門が、嵐の中「みかん船」を出航させ巨万の富を得た背景にも、この神の加護があったとされます。

文左衛門は、江戸の鍛冶屋たちが11月8日の鞴祭りで屋根からミカンを撒く風習があり、ミカンの需要が爆発的に高まることを知っていました。彼は一目連の風を読み、命がけの航海を成功させたのです。

現在でもこの日には、金属工業や自動車産業など、火と鉄を扱う企業関係者が多く参拝し、工場の安全を祈願しています。


脅威を恵みに変える場所

一目連神社は、台風や暴風といった「制御不能な自然の脅威」を、製鉄技術や祭祀といった人間の知恵によって「恵みの力(鉄・雨)」へ転換しようとした、先人たちの祈りの結晶です。

多度大社へ参拝の際は、ぜひこの「扉のない社殿」の前に立ち、吹き抜ける風を感じてみてください。そこには、古代から変わらぬ荒々しくも頼もしい神の気配があるはずです。


アクセス・拝観情報

多度大社 別宮 一目連神社(いちもくれんじんじゃ)

  • 住所: 〒511-0106 三重県桑名市多度町多度1681番地(多度大社境内)
  • アクセス:
    • 電車: 養老鉄道「多度駅」より徒歩約20分、またはバス・タクシーで約5分。
    • 車: 東名阪自動車道「桑名東IC」より約10分、「弥富IC」より約15分。
  • 拝観時間: 24時間参拝可能(授与所等は9:00~17:00)
  • 御朱印: 多度大社本宮とは別に、一目連神社単独の御朱印があります。授与所にてお受けください。
  • 公式HP: 多度大社公式サイト
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