日本海に面した新潟県糸魚川市。ここは太古の昔、世界最古の翡翠(ヒスイ)文化が花開いた「翡翠の都」でした。
この地には、出雲の神・大国主命(オオクニヌシ)が恋焦がれたという伝説の女神、奴奈川姫(ヌナカワヒメ)が眠っています。
今回は、越後国の一の宮「天津神社・奴奈川神社」を訪れ、そこに秘められた古代のラブロマンスと、翡翠に彩られた歴史の謎を紐解いていきます。
二つの社が並ぶ聖地「天津神社・奴奈川神社」
糸魚川駅からほど近い場所に鎮座するこの神社は、少し変わった特徴を持っています。それは、天津神社と、奴奈川神社が境内社として並び称されているという点です。
- 天津神社(あまつじんじゃ):
- 御祭神: 天津彦彦火瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)、太玉命(フトダマノミコト)
- 由緒: 第12代景行天皇の時代の創建と伝わる古社。かつては「越後一の宮」とも称された地域の総鎮守です。
- 奴奈川神社(ぬながわじんじゃ):
- 御祭神: 奴奈川姫命(ヌナカワヒメノミコト)、八千矛命(ヤチホコノミコト=大国主命)
- 由緒: 地元のヒスイ文化を象徴する女神・ヌナカワヒメを祀ります。
毎年4月に行われる「糸魚川けんか祭り」(天津神社春大祭)は有名で、神輿が激しくぶつかり合う「動」と、国の重要無形民俗文化財である「天津神社舞楽」の優雅な「静」が共存する、非常に珍しい祭礼が行われる場所でもあります。
古事記に残る「妻問い」の神話

最大の注目ポイントは、『古事記』に記された「大国主命の沼河比売への妻問い」の物語です。
出雲の国造りを進めていた若き日の大国主命(当時は八千矛神)は、高志国(こしのくに=北陸地方)に「賢く美しい姫がいる」という噂を聞きつけます。それが、ここ糸魚川を治めていたヌナカワヒメでした。
閉ざされた扉と求愛の歌
大国主命は長い旅を経て糸魚川へ辿り着き、姫の家の前で求愛の歌(和歌)を詠みます。
【大国主命の歌(要約)】 「私は八千矛の神(大国主)だ。高志国に賢く美しい女神がいると聞いて、遠くからやってきた。太刀の緒も解かず、衣も脱がずに扉の前で待っている。青山に日が沈み、夜が更けていく。ああ、愛しい人よ」
しかし、姫はすぐには扉を開けません。じらしつつも、情熱的な返歌を返します。
姫の返歌と結ばれた二人
【ヌナカワヒメの歌(要約)】 「八千矛の神よ。私はか弱い女です。今は入江の鳥のように心細く思っていますが、後にはあなたのものになりましょう。だから命を絶つようなことはおっしゃらないで。今はまだ太陽が沈んだばかり。朝になれば、私はあなたの白い腕に抱かれるでしょう」
こうして二人は結ばれました。この神話は、出雲(島根)の勢力と、翡翠の産地である高志国(新潟)の政治的な同盟を暗喩しているとも考えられています。
生まれた神は「諏訪大社の神」
この二人の間に生まれたのが、建御名方神(タケミナカタノカミ)です。 そう、長野県の諏訪大社に祀られ、後に国譲り神話でタケミカヅチと戦うことになる、武神です。
- 出雲(大国主) × 糸魚川(ヌナカワヒメ) = 諏訪(タケミナカタ)
この壮大な系譜を感じながら参拝すると、境内の空気が違って感じられるはずです。
アクセス情報
天津神社への参拝と合わせて、ヌナカワヒメや翡翠に関連するスポットを巡るのがおすすめです。
天津神社・奴奈川神社

まずはここから。静謐な参道と、歴史を感じさせる拝殿が見どころです。
- Googleマップ: 天津神社・奴奈川神社の位置情報
車でのアクセス
北陸自動車道「糸魚川IC」から約10分と、非常にアクセスの良い場所にあります。境内には駐車場もあります。
- ナビ設定: 新潟県糸魚川市一の宮1-3-34
公共交通機関でのアクセス
北陸新幹線・えちごトキめき鉄道「糸魚川駅」が最寄りです。
- ルート: 糸魚川駅(アルプス口・南口)から徒歩約10〜15分。
- 駅にはヒスイの展示などもあり、歩いているだけでも楽しめます。
小滝川ヒスイ峡(天然記念物)
ヌナカワヒメが支配した翡翠の産地。巨大な翡翠の原石が川底に見えます(採取は禁止)。古代の息吹を感じられるパワースポットです。
- Googleマップ: 小滝川ヒスイ峡の位置情報
フォッサマグナミュージアム・長者ケ原考古館
ここを訪れずして糸魚川は語れません。出土した見事な翡翠の勾玉や、縄文時代の遺跡を見学できます。ヌナカワヒメが実在のシャーマンだった可能性を感じさせてくれます。
- Googleマップ: フォッサマグナミュージアムの位置情報
姫川源流(長野方面への道)
諏訪へ向かうタケミナカタが通ったかもしれないルート。糸魚川から安曇野へ抜ける「塩の道(千国街道)」は、古来からの重要ルートです。
おすすめの参考文献・資料
より深くこの神話を知りたい方のための参考文献です。
1. 『古事記 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01)』 原文の雰囲気を残しつつ、非常に読みやすい現代語訳です。大国主命の歌謡の部分のリズム感が楽しめます。
2. 『神社の古代史(新潮新書)』 出雲と越(高志)の関係性や、古代豪族のつながりについて歴史学的視点から考察されています。
3. 観光パンフレット等の公式情報


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